今回の新作では、自分の未熟さをつくづく思い知ることになったよ。とほほ……
今頃わかったのかよ
言っとくけど、べつに手を抜いたとか、納得のいかないものを書いたいたとかじゃないぜ。
じゃ、なんだよ?
いまだに自分の作品が面白いかどうかがわからない、そんな自分が嫌になっちゃったんだよ。いつもそうなんだ。面白いと思って書いても、じつはそうじゃなかったり、これは駄目かなと不安に思ってたやつが意外と評判良かったり。
評判が良かったことなんてあったっけ?
だから、「意外と――」って言ってるだろうが、このオタンコなす! で、今回の「殺人は、甘く切ない薔薇の香り」も、僕的には十分面白いと思ってたんだ。でも、結果は推して知るべしさ。売上はいまいちだし、書評はまったく付かない有様だぜ。いわゆる★ゼロってやつさ。もしかしたら、それでなくとも希少な読者様まで裏切ってしまったかも。
そりゃまずいだろ
うん。でも悩んでいてもしょうがないから、今回の作品のことはもう忘れて、さっそく次作の創作に取り掛かり始めたよ。次作ではもう一度原点に立ち返って、しかもこれまでの執筆で習得したあんなのやこんなのを遺憾なく発揮して、かつてないダイナミックで壮大な(当社比)SFファンタジーに仕上げるつもりだぜ。プロットはすでに出来上がってるから、
以下が次作の概要です――
暫定の表紙(後日追加)
タイトル: エンジェル
副題: ― 博愛の天使が人類を救う ―
【宣伝文句】
「除妖師シリーズ」のユーモアとペーソス、「殺人は――」のシュールでクールなマッドネス、それらを全て詰め込んで、個人出版界の異端児こと如月恭介が世に送る、神話をモチーフにした壮大なSFファンタジー
【内容紹介】
ある日突然蔓延し、人類の存続すらをも脅かす奇病。世界中の科学者たちがその解明に手を焼く中、ある日本の遺伝子学者がその原因の糸口を見つける。ところが実は、アメリカではすでにその解明が進んでいた。しかもそれを軍事利用しようという陰謀が企てられていた。
しかしそんな浅はかな人類をまるで嘲笑うかのように、その奇病にはもっと恐ろしい秘密が隠されていたのだ――
数千年も前に神が仕組んだ壮大な罠、その鍵を握る博愛のストリッパー、彼女にぞっこんの新聞記者、奇病の謎の究明に執念を燃やす遺伝子学者、学会を追放された異端の考古学者――個性的な面々が織り成す人類救済の熱いドラマが、いまここに始まる。
涙、笑い、怒り、感動、それらを全て凝縮した、著者渾身のSFファンタジー
以下、冒頭部分
神は申された
われわれに似せて人をつくろうではないか
彼らに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地上のすべての動物と、地上に這うすべてのものを治めさせようではないか
――旧約聖書 創世記 第一章 二十六――
一
「いやっほー!」
「ジュリアちゃーん!」
薄暗い客席は年配の男たちで埋め尽くされ、左右の壁際には立ち見の客までいる。いつものようにトリの演技を終えると、ジュリアは裸の上に赤いフェイクファーのガウンを羽織り、客席に手を振りながら狭いステージを後にした。
「お疲れー」
ジュリアが楽屋に入るなり、マリーが抱きついてきた。スイカのように大きな裸の胸をユサユサと揺らせている。
「マリーさん、ちょっと苦しい……」
ジュリアが苦笑いを浮かべると、
「あっ、ゴメンゴメン。でもジュリアを見ると、つい抱きしめたくなっちゃうんだよね」
マリーはそう言って、オタフクのようにふっくらとした顔に満面の笑みを浮かべた。そしてその太い腕からジュリアの身体を解放すると、楽屋の入り口を見ながら思い出したように言った。
「そろそろ押しかけてくる頃ね。大丈夫、あたいが守ってあげるから。矢でも鉄砲でもきやがれってんだい」
マリーがその大きな胸を張ると、椅子に座って化粧を落としていた亜矢子が振り向いてからかった。
「そりゃそうだ。あんたが入り口に立ってるだけで、誰も入ってこれないさ」
その途端、楽屋にいた五、六人の踊り子たちが一斉に吹き出した。ジュリアも笑っている。微塵の濁りもない向日葵のような笑顔だ。
そうするうちにマリーの言ったとおり、楽屋の外が騒々しくなってきた。でもそれもいつものことで、踊り子たちは驚く素振りも見せない。
「また来たよ」
「ほらマリー、あんたの出番だよ」
みんなそしらぬ顔をして鏡に向かって手を動かす。もちろんマリーも心得たもので、「はいよっ」とまるで食事の後片付けでもするように楽屋の入り口に向かった。
「ほらっ、ここから先は駄目だよ。渡すもんがあるならあたいがあずかっとくから、さっさと出しな」
もうどっちが客だかわからない。もちろん客も黙ってはいない。
「なんだよ、またマリーかよ」
「なんだよとは、なんだよ!」
「いいから、ジュリアちゃんに会わせろよ。いるのはわかってんだよ!」
「うるさいっ! ジジイは家に帰ってコタツにでも入ってろってんだ」
「ジ、ジジイだと、このブタ女が!」
「ブ、ブタだって! ふざけんな、トンチキジジイが。お前なんて二度とこなくていいよ!」
もう無茶苦茶である。もちろん今日に始まったことじゃない。そして見るに見かねたジュリアが寄ってきた。これもいつものことだ。
「ごめんなさいマリーさん。あっ、ゴンさん! また来てくれたの! 嬉しいっ!」
ジュリアは透き通った目を輝かせ、子供のように弾ける笑みを浮かべた。
「ジュ、ジュリアちゃん! あ、当たり前だのクラッカーだぜ。ジュリアちゃんの行くところ、どこまでもついていっちゃうもんね、わし」
ゴンさんと呼ばれた男――年の頃は五十過ぎといったところか――は、恥ずかしげもなくお寒いギャグを飛ばした。これもいつものことである。そして手にした花束を照れくさそうに前に差し出した。
「こ、これ――」
日焼けした――いや酒焼けかもしれないその浅黒い顔が、スッポリ隠れるほどのでっかい花束だ。一万円は下らないだろう。
「ゴンさん、ありがとー!」
ジュリアの澄んだ笑顔と全身で見せる喜びの表現が、それが営業目的なんかじゃないことを如実に物語っていた。おかげでゴンさんはもう心ここにあらずで、トローンとした目を宙に泳がせ、もともと締まらない口元をさらにいっそう緩ませている。
でもこんなことじゃこの騒動はとても終わらない。ゴンさんの後ろには、まるで金魚の糞のように長い列が連なっているのだ。もちろんみんなジュリアの熱狂的なファンだ。そしてそれをさばくのは、やはりマリーの仕事だ。いや、仕事というと語弊があるかもしれない。なにしろ誰が頼んだわけでもなく、彼女が勝手にやっているだけなのだから。
「ほら、ちゃんと並んで。おいそこのおっさん、あんただよ、駄目だろ割り込んじゃ」
客を客とも思わない横柄な態度のように思われるかもしれないが、客は客でこれを楽しみにしているのだ。
「こらぁマリー。邪魔だよおめえ。おめえがそこにいたら、ジュリアちゃんが見えねーだろうが」
周りでドッと歓声が上がる。しかしマリーは怯む様子も見せない。
「うるさいよ、つんつるてん。ほらっ、プレゼントはあたいが受け取っとくから、さっさと渡してさっさと帰んな。あとでちゃんとジュリアに渡しとくから」
「盗むなよマリー」
また笑いが沸き起こる。そんなことを繰り返しながら、三十分ほどでようやく客たちも引き上げた。
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