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2014年12月7日日曜日

よくある慣用表現の誤用 #言葉のお勉強

 今回は、誤用しがちな慣用表現についてのお話しです。それではさっそく間違い探しといきましょう。
 以下の各例文には誤った表現があります。間違いを探して、正解も考えてみてください。

1.彼は話術の名人だ、口先三寸で聴衆を魅了してしまう

 答え) 口先三寸 ⇒ 舌先三寸

 ※「口八丁」(口が達者なこと)と「舌先三寸」が混同したのでしょうか?

2.戦いの火蓋が切って落とされた

 答え) 火蓋をが切って落とされた ⇒ 火蓋が切られた もしくは 幕が切って落とされた

 ※「火蓋を切る(ひぶたをきる)」と類語の「幕を切って落とす(まくをきっておとす)」が混同してしまったのでしょう。火蓋というのは火縄銃の着火口の蓋のことで、これを開けることを「切る」といい、落としてしまってはいけませんね。

3.次期社長候補として、彼に白羽の矢が当たった

 答え) 白羽の矢が当たった ⇒ 白羽の矢が立った

 ※白羽の矢というのは、日本古来の風習あるいは伝承で、生贄を求める神が、望みの少女の家の屋根に人知れず立てたと言われるもの。

4.彼は同僚に足もとをすくわれた

 答え) 足もとをすくわれた ⇒ 足を掬われた

 ※「足もとに火が付く」や「足もとを揺さぶる」等、他に「足もと」を使う表現があって、影響したのかもしれません。

5.その夜、彼は熱にうなされた

 答え) 熱にうなされた ⇒ 熱に浮かされた

 ※「悪夢にうなされる」と混同したのでしょうか。

6.その報告を聞いて、僕は怒り心頭に達した

 答え) 怒り心頭に達した ⇒ 怒り心頭に発した

 ※心頭とは心の中のことで、怒りが心の奥底から沸々と湧いてくることを言います。心頭は、あくまでも出発点なのです。

7.彼の意見はしごく的を得ていた

 答え) 的を得ていた ⇒ 的を射ていた
 
 ※「当(とう)を得る」(道理にかなっているという意味の慣用句)と混同したのでしょうか? ただしこれは誤用ではないという意見もあります。でもあまりに有名な誤用の例なので、使うと笑われるのがオチでしょう。

8.「待ち時間が長すぎて間が持たなない

 答え) 間が持たない ⇒ 間が持てない

 ※間違えたからといって恥ずかしいことではありません。なにしろ、平成22年度「国語に関する世論調査」では、本来の言い方とされる「間が持てない」を使う人が29.3パーセント、本来の言い方ではない「間が持たない」を使う人が61.3パーセントという、逆転した結果が出ているのですから。

9.なでしこジャパンには男子代表の雪辱を晴らして欲しいものだ

 答え) 雪辱を晴らして ⇒ 雪辱を果たして

 ※これは「雪辱」という言葉の意味(屈辱を晴らす)を理解していれば、「晴らす」が重なった重言(じゅうげん)であることがわかると思います。

10.今やなでしこジャパンは、押しも押されぬ、世界の強豪チームである

 答え) 押しも押されぬ ⇒ 押しも押されもせぬ

 ※おそらく類義語の「押すに押されぬ」が混同したものと思われます

 以上、間違い探しはお終いです。いかがでしたか? 恥ずかしげもなく文豪を自称するみなさま方のこと、全問正解であったに違いありません。
 では続けて、今度は意味を間違えやすい慣用表現をご紹介しましょう。それぞれの意味を考えてみて、それから答えを見てください。意外と間違って理解している表現があるかもしれません。

1.役不足

 能力に対して、役目が軽すぎること

 ※能力が足りない、は間違いで、こっちは「力不足」と言うべきでしょう。

2.すべからく

 (当然)すべきこととして

 ※「すべて」という意味ではありません。

3.さわり

 話の中心となる部分。聞かせどころ

 ※冒頭部分、という意味ではありません。

4.憮然

 失望してぼんやりしているようす

 ※ふてくされている様子ではありません。

5.檄(げき)を飛ばす

 自分の主張や考えを広く人々に知らせて同意を求めること

 ※気合いを入れたり激励することではありません。

6.しおどき

 物事を行うのに最も良いとき

 ※もうそろそろ諦めた方がいい頃合い、というのは間違いです。

7.気が置けない

 心から打ち解けることができる

 ※油断できない、ではありません。そっちは「気を許せない」ですね。

8.敷居が高い

 不義理・不面目なことなどがあって、その人の家に行きにくいこと

 ※高級料亭に入りにくい時などに使うのは誤りです。

9.姑息

 一時しのぎ

 ※ひきょう、という意味ではありませんよ。

9.確信犯

 自分の信念が正しいと強く思って犯す罪

 ※すっかり有名になってしまった、誤用の代表的な例ですね。「悪いことであると分かっていながらなされる行為」ではありません。

 以上、いかがでしたでしょうか。初めて知った、という誤用の例もあったのではないでしょうか。心配しないでください。実は小生も、書きながら、自著で数多くの誤用をしていたことに気づいた次第です。

 それでは今回は、これにてお終い。

2014年12月6日土曜日

作文の基本ルール #言葉のお勉強


 今回は、日本語の文章を作成する上でのルールのお話です。「そんなの興味ないね、オレはオレのやり方で書くから」とおっしゃる御仁もいらっしゃるでしょう。気持ちはわかります。しかし、世の多くの読者はそうはお思いになられないのです。ルールというのは、読者がより自然に、そしてより容易に内容を理解するためのものであって、書く側の都合で勝手に決めるべきものではないのです。だからこそ、読みやすさを追求して出来上がった基本的なルールを守ること、それがとても重要なわけです。
 とは言っても、守るべきルールがそうたくさんあるわけではありません。その数少ない基本ルールを以下ご紹介させて頂きます。

1.段落では改行し、次の段落の最初に一文字分のスペースを入れる。(字下げ)

 商業出版でこれを守っていない文章はまずありませんが、Blogや投稿サイトなどではよく見かけます。この字下げをやっていない文章は極めて読み難いし、それ以前に、見た瞬間に読むのをやめてしまう人も多いと聞きます。今回ご紹介するルールのなかでも、最も重要なものと言えるでしょう。

2.三点リーダー(……)を正しく使う

 三点リーダーというのは「」のことで、けっしてドットを3つ続けて書いた(・・・)ものではなく、3つの点がセットで一文字になった特殊な記号です。日本語入力ソフトで「さんてん」と入力して変換すると出てくるはずです。この三点リーダーは「……」といったように必ず2つをセットで使います。例えば、

「なんということだろう……

 のようにです。(さも絶句した様子が伝わってきますね)

 時にはさらにそれを2セット続けて使うこともあります。例えば、

…………

 のようにですね。完全に絶句しています。

3.ダッシュ(――)を正しく使う

 用法は先の三点リーダーと同じです。必ず2つをセットで使ってください。用途は特に決まっているわけではありませんが、小生の場合は主に、時間的なギャップを表現するのに使用しています。

 それから3ヶ月後――
 
 「――というわけで、彼は全財産を失った」


4.感嘆符や疑問符の後にはスペースを入れる。句点は付けない。

 あれっ どうも変だぞ。あーっ なんてこった……

5.「(括弧開き)で始まる段落は字下げをしない

 そうして彼の退屈な日常がまた始まった。それから三ヶ月後――
「あれー? おかしいなあ……」
 彼は首を傾げた。
 
6.」(括弧閉じ)の前後に句点を入れない

 ×1.「いいねいいね、これいいね。」
 ×2.「いいねいいね、これいいね」。
 ○3.「いいねいいね、これいいね」

 ※1の用法は、じつはプロの方でも使われることがあります。でもそれは著名な方だからこそ許されるのであって、ゴミのような我々がそれをやったら、たんなる無知と思われるだけです。こんなところで個性を発揮するよりも、もっと他のことに力を入れた方がいいでしょう。(じつは2も使われることがありますが、あまり一般的な用法ではないので、ここではNGとしました)

 以上です。えーっ、もう終わりかよ、とお怒りのあなた、そんなあなたに素敵な参考書をご紹介。そう、作文のバイブルとも言える、本多勝一氏著作の「日本語の作文技術」です。作文におけるさまざまなルールはもとより、句読点の効果的な使い方や、文章のリズムや文体等についても詳しく言及されています。


 



 では今回は、これにて終了。



2014年12月5日金曜日

カタカナの使い方 #言葉のお勉強

 さて皆さん、作文を書く(重言ですねw)とき、どういう場面でカタカナを使用しますか? あるいは読書をするとき、どういったときにカタカナ表記に違和感を覚えますか?

 その話に入る前に、まずは、カタカナの由来についておさらいをしておきましょう。カタカナの起源は9世紀初頭にさかのぼり、漢文を和読するために、訓点として借字(万葉仮名)の一部の字画を省略したものだと考えられています。つまり、

国破山河在

 を和読するために、

国破レテ山河在

 としたわけですね。こういう出生がゆえに、カタカナは漢字の音や和訓を注記するために使われることが多く、記号的・符号的性格が強いわけです。正式な言葉とは言いかねるような、擬音語、擬態語、外来語に使われるようになったのもうなずけるというものです。

 ではここで今一度、カタカナ表記をするのが一般的なものについておさらいをしておきましょう。

1.固有名詞(地名・人名・組織名・団体名・題名など)
  ハワイ、マイケル、ソニー
2.外国語(日本人のカタカナ英語・ブロークン英語を含む)
  ホワーイ
3.外国人による日本語(の音声)
  コンニチワ
4.外来語(和製英語を含む)・近代音による漢語
  スパゲッティー
5.擬音語・擬声語
6.動物や植物の和名・俗名
  キリン、ブタクサ
7.強調。(英語ではイタリック体で書くような場面)
  あのオジサンはとてもカッコイイ

 まあ学校で習ったまんまであり、学業優秀なられる読者様であればいまさらであることは十分承知の上、話を進めましょう。
 注目すべきは、もちろん5番の擬音語・擬声語ですね。これは同時に、「擬態語はひらがなで表記する」という意味も含んでいるわけです。
 これらの表記に関しては、ここで話題にするのもはばかれるくらい議論がなされてきました。よく取り上げられる選択問題を、ここで改めてご紹介しましょう。

1.星が(きらきらキラキラ)している。
2.犬が(わんわんワンワン)ほえた。
3.うさぎが(ぴょんピョン)とはねた

 答えは、そう青文字の方ですね。すんなり全問正解した人は、優等生で面白みのない人。自信満々で全問不正解だった人は、もう救いようのない語学オンチ。そして、わかっているけどわざと間違えたあなたは、とんだへそ曲がり野郎ですね。
 しかし私には、へそ曲がり野郎の気持ちがよくわかります。星は当然のようにキラキラだし、うさぎは誰がなんと言おうとピョンだろう、と。そしてそれは私だけではなく、世の多くの著名な作家にも言えることなのです。たとえば、

志賀直哉 『万暦赤絵』  (玄関へ)ドヤドヤ(と出迎へた) 
片岡鉄兵 『思慕』  カツと燃え立ちさうな
中山義秀 『厚物咲』 ペコペコお辞儀をしながら
宮沢賢治 『やまなし』 キラキラッと黄金きんのぶちがひかりました

 そして極めつけが、江戸川乱歩。たとえば「百面相役者」。
 一ページ目からさっそく、「――いやにドロンと曇った春先の――」、三ページ目には「――サッサと外出の用意を――」、同、「――テクテク歩いて――」,続けて「からだじゅうジットリ汗ばんで――」等々、わずか数ページでこのありさまなのです。彼が先の問題を解いたなら、おそらく0点だったでしょう。まあなにしろ、エドガー・アラン・ポーを漢字にして、それをペンネームにしてしまったくらいですから、これも仕方がないのかもしれませんね。(断っておきますが、江戸川乱歩の擬態語の使い方はけっして不自然ではなく、読む者を摩訶不思議な世界へ引きずり込む、絶品でなのです)

 僕の個人的な考えとしては、きちんとルールを理解したうえで、時には変化をつける、あるいはアクセントをつけるといった意味で、こういう掟破りも有りなのでは、と思います。
 ただし、著名な作家がやるから意図的なものだと思われるのであって、無名な我々がそれをやったら、たんなる無知の誤用と思われるだけかもしれませんけどね。

いつものようにオチはないけど、今回はこれにてお終い。

2014年12月4日木曜日

錯覚をおぼえる? 重言のお話 #言葉のお勉強

 さて皆さん、表題に違和感をかんじましたか? かんじない? それは困りましたね。いや、この文章にも違和感をかんじてほしいところです。お分かりの方はすでにお分かりのように、これは誤った日本語の用法で、「重言(じゅうげ」といいます。まあ、わかりにくいようにあえてひらがなで表記したわけですけれど、

1.錯覚を覚える
2.違和感を感じる

 こうやって漢字で書くと一目瞭然、同じ意味の言葉を繰り返していて、不自然な表現であることがわかりますね。まあ2は慣用上許容されるとの見解もあるようですが、美しくないことに変わりはありません。せめて「違和感を覚える」とでも表記したいところです。
 そんなこと言われなくとも知っとるわ、と仰る御仁もいらっしゃるでしょうが、意外とこの重言、BlogやSNS等で普通に使われていたりします。(さすがに商業出版物では見かけることはあまりありませんが)

 特に間違えやすいのが、付けなくてもいい余計なものを付けてしまうことです。たとえば、

古来から
太古の昔
背中に背負う

 そう、正しくはそれぞれ、古来(意味:ふるくから)、太古(意味:大昔)、背負う(意味:背中に担ぐ)、ですね。言われてみれば気づくものの、書くときには案外と見逃しがちなものです。

 ところで、重言かどうか非常にわかりにくい、というか、人によって解釈の異なる表現もあります。たとえば、

旅行に行く

 ですが、直感的には特に違和感を覚えない人も多いのではないでしょうか。(実際、日常の会話では普通に使われているように思います)
 なぜかというと、それはこの旅行という単語が、「旅に行く」という意味だけでなく、「旅」そのものを表す単語として定着しているためです。それどころか、「旅に行く」ではあまりに古風に聞こえてしまい、むしろ「旅行に行く」の方がしっくりくる人も多いかもしれません。ただ、文字にすると「行」が続いてしまうため、美しくないと思う方もいらっしゃるでしょう。であれば、

旅行に出かける

 とでも書けばいいのではないでしょうか。といっても、もし「旅行に行く」が重言だとすれば、「旅行に出かける」もまた重言なのです。なにしろ「行く」も「出かける」も意味は同じなわけで、「旅に行く」に行く、という重複した表現であることには変わりないわけです。しかし不思議なもので、「旅行に出かける」と書くとまったく違和感を覚えないものですね。

 それから、重言ではあるけど、慣用的に許された用法というのもあります。特に多いのが、最初や最後を使った言葉です。

一番最初、一番最後

 この用法はもはや強調表現として一般に受け入れられており、たとえば「もの凄く強烈」なんかと同じなわけですね。また、強調とは違いますが、一般に用法が定着しているものとしては、他にも、

被害を受ける(被害を被る)

 というのもありますね。正しくは「損害を被る(=被害)」なわけですが、そんな言い方をする人の方がもはや稀でしょう。

 まあ、解釈もひとそれぞれで、正誤に関しても曖昧なことの多い重言ですが、読む人が違和感を覚えたり、あるいは稚拙さを感じたりしないように、出来るだけ注意した方が良いかもしれませんね。

 ということで、今回はこれにてお終い。

2014年12月2日火曜日

時代と共に変化する言葉 #言葉のお勉強

 さて、「腰が重い」という慣用句がありますが、もちろんその意味は、「やる気がない」だとか「やる気が起こらない」ということで、まさに私にぴったりの言葉なわけですね。そしてその反義語はというと、「腰が軽い」であり、一般的には「フットワークが軽い」といった良い意味で使われることが多いようです。(「軽率」という悪い意味もありますが、この意味で使われることは少ないように思います)

 これと似たような表現に、「尻が重い」というものがあります。腰を尻に変えただけで、その意味はというと、やはり「やる気がない」ということだそうですが、小生はこの言葉にはあまり馴染みがありません。使っている人も見たことがありません。そもそも、「彼女は尻が重い」とか言ってしまったら、別の意味(物理的な意味)に捉えられてしまい、えらい事件に発展しそうではないですか。(やはり「腰が重い」の方がしっくりきますね)
 一方で、「尻が軽い」という言葉はいたってポピュラーで、ただしその意味はというと、決して「尻が重い」の反対にはなっていません。そう、これは女の浮気性を表す言葉ですね。そして尻が軽い女のことを、世間では尻軽女というわけです。(尻が軽いを辞書で引くと「動作が敏捷である」という意味も記されていますが、この意味で使う人はまずいないでしょう。「君は尻が軽いね」と、仮にいい意味をこめて言ったとしても、その瞬間に、あなたと彼女の人間関係は二度と修復困難な状況に陥るに違いありません) 
 ところで、「尻が軽い」以外で、浮気性と同じ意味を持つ言葉にはどんなものがあるでしょう?

身持ちが悪い 放蕩 淫蕩 ふしだら

 おおっと、興味深い言葉が出てまいりましたね。

ふしだら

 この「ふしだら」、漢字ではどう書くのでしょうか? さっそく調べてみました。 ありません……。まあ、無理やり書くとすれば、「不修多羅」ってところでしょうか。どういうことかというと、その語源から説明しなければなりません。
 この「ふしだら」という言葉、サンスクリット語の「sutra」を音写した「修多羅(シュタラ)」が語源のようです。「sutra」というのは、古代インドで教法を書いた葉を束ねて閉じるのに使った紐のことだそうで、それが「修多羅」と音写され、正確でゆがみがなく秩序よく束ねることを意味するそうです。それが音転訛して「しだら」となり、それに否定の「不」をつけて「ふしだら」になったとのこと。

 ところでこの「ふしだら」と語感も意味も似ている、「だらしない」という言葉がありますが、こちらの語源は何なのでしょうか? じつはこの「だらしない」という言葉、元は「しだらない」という言葉だったのです。それが音位転換と言って、文字の順番が入れ替わって出来たものらしいです。この「しだらない」の「しだら」は、「自堕落」という「好ましくない状況」を表す言葉が転化したようで、それに強調の意味の~ないを付けて、しだらない。意味は、現在のだらしないと同じで、「締まりがなく、秩序がない」です。とある本によると、本当かどうかは知りませんが、この「しだらない」という表現は、いまだに山梨県に残っているそうです。
 それにしても「しだらない」が「だらしない」……こうなるともう、マスコミ用語の「ジャーマネ」(マネージャー)や「ぐんばつ」(ばつぐん)とかと何も変わりませんね。
 ちなみに、これと同様に音位転換をしたものに、「新しい(あたらしい)」という言葉があります。この「新しい」は、じつはもともとは「あらたしい」で、これが音位転換をした結果であり、こうなるといつか将来、「わんばんこ」だとか「うらまやしい」とかも、正しい言葉として定着するかもしれませんね。

2014年11月30日日曜日

夕方と朝方、その頃合いを表わす言葉に隠された面白い秘密 #言葉のお勉強

 みなさん、彼誰時(かわたれどき)という言葉をご存じでしょうか? そう、朝方のまだ暗い時間帯を表わす言葉ですね。その語源は、まさに字のごとし、暗くて彼が誰だかわからない、から来ているのですが、それなら夕方だって同じじゃないか、と思うわけです。

ビンゴ!

 じつは彼誰時は、かつては朝方だけではなく、夕方の薄暗い時間帯を指す言葉としても使われていたのです。しかしそのうち夕方の方は他の言葉に譲り、もっぱら朝方のみに使われるようになったわけですね。ではその譲った、夕方を指す言葉とはなんでしょうか?

そう、黄昏です

 皆さん、この黄昏と言う言葉、その語源をご存じですか? これが実に面白いのです。黄昏は、誰そ彼(たそがれ)がその語源で、その意味は、誰ですかあなたは、と訊ねるほど暗い頃合い、というものなのです。

彼誰時と同じじゃないか (`へ´)フンッ!

 ご立腹もごもっとも、けっきょくどっちも、彼奴(あやつ)は誰じゃ、と言うわけです。

 言葉って面白いですね。ちなみにまだ薄暗い朝方を表わす言葉としては、他に、

明け方、暁、曙、黎明、東雲

 と言った言葉が、また夕刻を表わす言葉としては、

夕暮れ、夕べ、薄暮、逢魔時、日暮れ、夕さりつ方

 等々、色々ありますから、都度使い分けると変化を付けられて良いかもしれません。えっ、覚えられない?

覚える必要なんてありません

 もしあなたが日本語入力ソフトにATOKをお使いなら、たとえば夕暮れと入力して(漢字に変換してください)、次にCtrlキーTabキーを同時に押せば、あら不思議! ATOKの連想変換機能が働いて、同義語を、これでもかと表示しますから。

えっ、その操作も覚えられない?

 困った人ですね。そういう人は、もうこれしかありませんね。そう、CtrlキーとTabキーの色を変えるのです。このように。

では、今回はこれにてお終い。

「色」を用いた色々な慣用句 #言葉のお勉強

 さて今回は、標題のとおり「色」という文字を使った表現、その中でも特に人の表情や、さらにはその奥に潜む感情を表わす慣用句についてです。

 ではここで質問です。あなたは彼女とのデートをすっぽかし、その上謝るどころか、「てめーみてえなあばずれとデートなんて出来るわけねえだろーが!」と悪態をつきました。すると彼女は顔を真っ赤にして激昂しました。このときの彼女の様子を、「色」を含む慣用句で言い表してください。

 答えは、そう、「色をなす」ですね。いわゆる、ムカつくってやつです。

 では続けて第二問。あなたは自動販売機でジュースを買おうと、ポッケから財布を取り出しました。そして百円玉をつまんで、震える手でそれを挿入口に運びました。ところが。。。アーッ! なんと百円玉が滑って落ちて、地面を転がり、排水溝の中に消えてしまったではありませんか! このときのあなたの様子を、「色」を含む慣用句で言い表してください。

 答えは、もうおわかりですね。そう、「色を失」です。

 では最後の問題です。毎日ブラブラ無為に過ごしていたあなたですが、両親に責められ、渋々仕事を探すことになりました。そして応募した会社の面接が、いよいよこれから始まります。さあ、気合いを入れて、凜々しい姿で臨みましょう! と、このときのあなたの様子を、「色」を含む慣用句で言い表してください。

 はい、そうです。「色を正す」です。

 とまあ、色を使った色々な慣用句をご紹介させて頂きましたが、まず僕は、これらの表現を使うことはありませんね。理由は簡単、直感的でない、からです。

「彼女は色をなして責め寄った」

 なんだか言葉が浮いている感じがします。これならば、「彼女は顔を真っ赤にして、唾を飛ばした」のほうが、臨場感に溢れていていいじゃないですか。少なくとも僕はそう思うわけです。まあ、美しさという点では、前者の方が勝っているのかもしれませんが。

「僕はスピーチを前にして、色を正した」

 こうなるともう、何を言っているのかさえよくわかりませんね。僕だったら、「僕はスピーチを前にして、無理やり真顔をこしらえた」と書きたいところです。

 とまあ最後の最後に、あまり役に立つことはないだろうという、とても残念な落ちになってしまいました。

「なおざり」と「おざなり」 #言葉のお勉強

 みなさん、意識して使い分けていますでしょうか?

なおざり(等閑)
おざなり(御座成り)

 この2つの言葉、なんとなく語感や意味が似ているので混同しがちですが、じつは大きな違いがあります。
 なおざりは、いわゆる放置プレーというやつで、ほとんど何もしないで放っておくことですね。この「等閑」という単語は、じつはれっきとした漢語で、「とうかん」と読みます。意味はなおざりと同じで、おそらく「なおざり」にこの漢語を当てたものだと思われます。このなおざり、とても古くからある言葉のようで、少なくとも平安時代には広く使われていたようです。

 一方のおざなりはというと、こちらは比較的新しい言葉で、最初に見られるのは江戸時代のようです。意味としては、「テキトーでいいっしょ」ってやつで、誠意なく適当に済ませる、という意味ですね。語源としては、太鼓持ちがお座敷にお呼びがかった際に、客によって扱いを変えることから、つまり、「御座なり」 に済ませる、ことから来ているという説が有力らしいです。もちろん其の真偽は僕の知るとことではありません。其の時代に生きていたわけでないのですから、あたりまえですね。

 ところで、この2つの言葉を巡ってはいろいろと面白い話があって、その語感と意味の近似性から、一方がもう一方から音転して生じたものだと説く人もいるようです。ただその人は「おざなり」⇒「なおざり」説を主張しておられ、これはそれらの言葉の出生の順序からして明らかに間違いだと思われます。でも、逆なら十分にありえそうです。つまり、江戸時代、当事すでに一般的であった「なおざり」という言葉をもじって、御座なりという言葉が生まれた。。。

 まあ今となってはなんとでも言えることですね。なにしろその言葉をつくった本人がいないわけで、誰も真偽のほどを確かめようがないわけですから。