2016年2月23日火曜日

新作(執筆中)のご紹介

 2週間前に新作を公開しましたが、さっそく次作に取りかかっております。今回の作品も神話やSF的要素を取り入れたものになっていますが、その解釈において全く違うアプローチを試みております。詳細はネタバレになってしまうので言及しませんが、おそらく今までにない素晴らしい作品になると確信しております。それではさっそく冒頭部分をご紹介させて頂きます。


End of the Earth ―地球最後の日―

                  《前編 古代人の預言》
                                       
                                                                  如月恭介
                                                                               
プロローグ
                                       
 二〇一七年、十二月――
「なんだ、あれは?」
 南極の昭和基地から表に出た隊員が、奇妙な光景を目にした。この時期の南極はちょうど白夜で、夜でも太陽が地平線に浮かび、果てしない雪原を淡々しい光で照らし出している。その薄明かりの純白のキャンバスに、まるでゴマを振りかけたように黒いシミが拡がっている。
「ペンギンだ……」
 隊員がつぶやいた。無造作に転がる無数のペンギン――数千匹、いや、一万匹近くもいるかもしれない。微動だにせず横たわるその様から、すでに息のないことは明らかだった。しかし異常なのはそれだけではない。とつぜん彼の視界が白く霞んだ。
「どういうことだ……」
 思わず彼は、曇ったゴーグルを顔からはぎ取った。顔に吹き付ける凍てついた風――のはずだった。しかしじっさいに彼の顔を襲ったのは、生暖かい温風だった。彼はあわてて基地の中へ駆け戻った。
「た、たいへんです!」
 その報はまたたくまに世界中に配信され、ちょうど地球温暖化が危惧されるていることもあって、各国の関係者たちに強い危機感を募らせた。しかし幸いにも半日もするとあたりはいつもの寒気に覆われ、まるで何ごともなかったかのように、基地周辺は本来あるべき姿を取り戻した。
 その後各国の学者たちによる調査が進められたが、けっきょく原因はわかずじまいだった。
 年の明けた二〇一八年、一月――
 南極での出来事も人々の記憶から薄れかけたころ、今度は東アジアを異常気象が襲った。東京では二十八度という、この時期としては観測史上最高の夏日を記録し、山間部では雪崩が多発した。かと思うと数日後には一転、最高気温〇度という、今度は百年ぶりの寒波だ。それは東京だけではなかった。
「きれい……」
 香港の人々は、初めて見る雪景色に目を奪われた。これまた観測史上初の積雪である。しかし喜んでいるのはごく一部の人であって、水道管は破裂し、凍結した道路のせいで交通網は完全に麻痺した。しかしそれも長くは続かず、数日後にはまるで嘘のように、事前予想のとおりの暖冬に戻った。その後も程度の差はあれ、寒暖が激しく繰り返し、何かしらの異変が生じていることは誰の目にも明らかだった。しかし世界中の英知をもってしても、その原因を究明することは叶わなかった。
 それにしても人間というのは不思議な生き物で、適応性に優れているのか、あるいはただ鈍感なだけなのか、かつてはあり得なかった事態を目の当たりにしても、いつしかそれを当然のように受け入れるようになっていた。
 そんなおり、今度はオーストラリアのクイーンズランド州、ゴールド・コーストで事件が起こった。世界中から集まったサーファーたちで賑わうこの海岸が、おぞましい地獄絵図へとその姿を変えた。
 波待ちをするサーファーたちの少し沖合で、とつぜん水飛沫が上がった。そしてまるで波が押しせるように海面が盛り上がり、その奥に無数の黒い影がうごめいていた。
「サ、サメだっ!」
 ビーチで眺めていた海水浴客が叫んだ。しかし当のサーファーたちはまるで気がつかなない様子だ。慌てる気配も見せずに波待ちを続けている。
 そしてそれからしばらくして、世にもおぞましい惨劇が幕を開けた。
「あっ……」
 白い砂浜の上で、海水浴客たちはただ茫然としてその光景を見つめていた。
 一つ、また一つと、逆光に浮かぶサーファーたちの影が波間に消えていく――
 そして残されたサーフボードがむなしく宙に舞う――
 それから数十分後、浜辺に打ち上げられた醜い肉塊の数々。ちぎれた腕に、赤く染まった脚、それらに埋もれて、ギロッと目を剥いた頭まで転がっている。食い残された数だけで二十人はくだらないだろう。サーファーたちのいなくなった海には、無数のサメの背びれだけが、ゆっくりと沖合に向かって移動していた。
 その翌月の二月、東京――
 横浜市神奈川区の自宅のリビングで、浅田公平は瞬きもせずにじっとテレビの画面に見入っていた。これまでの四十二年の人生でこんな光景を目にするのは初めてのことだ。それも当然だ。なにしろ観測史上初めての出来事であるし、それ以前にあらゆる記録をひっくり返しても、きっとどこにも見つからないに違いない。彼はつぶやいた。
「どうしてこんなものが東京で……」
 龍のようにとぐろを巻いてうねる巨大な柱。朝方に東京湾で発生した数十本もの竜巻は、その後次第に勢力を増し、さらにはお互いが重なり合い、ついには一本の巨大な竜巻となって品川の街に上陸した。低く垂れ込めた曇天に伸びる巨大な柱、猛烈なスピードで移動するその竜巻が、電柱をなぎ倒し、あらゆる看板をはぎ取り、とうとう車までをも宙に巻き上げた。それだけではない。運悪く逃げ遅れた人々までさらわれ、竜巻の駆け抜けたあとにはゴミ一つ見当たらないありさまだった。そしてしばらくすると巻き上げられたそれらが、天からまるで雨のように降り注いだ。
 けっきょく品川から山手線に沿うようにして北上した竜巻は、上野のあたりで次第に勢力を失い、最後には春一番となって東京の街を吹き抜けた。そして午後には抜けるような青空が拡がり、数時間前までの惨劇がまるで嘘のようだった。しかし品川から上野に至る深い傷痕が、それが紛れもない現実であったことをありありと物語っている。木造家屋は基礎だけを残して消滅し、街路樹は根こそぎ引き抜かれ、かわりに空から降り注いだ瓦礫や車が無造作に転がっている。総動員された警察や消防が、それらに交じったおぞましい姿の屍をかたづけるのに、日が暮れるまで街を駆けずり回った。
 その夜浅田公平はリビングのソファーで寛ぎながら、昼間テレビで見た光景を想い出していた。ここのところ異常気象が原因と思われる事件が後を絶たない。地質学者の彼にとっては畑違いではあるが、それでも何かとんでもない異変が起きていることは想像に難くなかった。そうでなければ「観測史上発」と冠のつく事件が、こう毎週のように起きようわけがない。けっして偶然とは思えないのだ。
 グラスのウィスキーを一口飲み、浅田は小さくつぶやいた。
「いやな予感がするな……」
 彼は何か得体のしれない胸騒ぎを覚えた。しかしそのときはまだ、まさか自身の専門分野にまで異変が及ぼうとは夢にも思っていなかった。


 二〇一八年、三月、イギリスはロンドン――
 若き考古学者・ジョン・ワトソンは、朝からパソコンの画面と睨めっこしていた。いや朝からというのは語弊があるかもしれない。なにしろこの一ヶ月間というもの、食事とトイレ、それと五時間の睡眠のとき以外は、ずっとパソコンの画面に向かっていたのだ。しかしそれもどうやら今日で終わりになりそうだ。
「終わったぞ……」
 ジョンはひとりつぶやくと、椅子の背もたれに体を伸ばし、大きく息を吐いた。彼の前の机には、三十インチもある二台の大きなモニタが並び、片方には、小さな絵文字のようなものが隙間なく刻まれた石板の写真が、そしてもう一方には、びっしりと文字が打ち込まれたテキストエディタが開いている。
 しばらく思案した後、ジョンは電話に手を伸ばした。
「もしもし、ジョンだけど――」
 相手は中堅の出版社に勤める、旧知の編集者である。
「たのみがある。本を出版したいんだ」
 唐突に思えるかもしれないが、かねてより幾度となく出版を打診されていたこともあり、それなりの勝算はあった。そして期待どおり、二つ返事で了解を取り付けた。
「原稿はもうできている。今からそっちに送るよ」
 電話を切ると、ジョンはふたたびパソコンに向かった。メールにファイルを添付し、最後に送信ボタンを押すと、もう一度大きく息を吐き出した。これでもう本来進むべき道は閉ざされた。しかし学会で発表するという選択肢を彼が放棄したのには、もちろん理由がある。簡単だ。反感を買うに決まっているからだ。特に今回のような、従来の定説を覆す内容だとなおさらだ。保身にしか興味のない老害どもにもみ消されるのがおちだ。
 それからは驚くほど順調にことが運んだ。街の本屋の棚に並ぶのに、一ヶ月とかからなかった。しかしなにぶん無名の学者の書いた本、はたして読む人がいるのだろうかと心配したが、それも杞憂に終わった。初刷の一万部はまたたくまに売り切れ、出版社は早々と五万部の増刷を決定した。もしかするとセンセーショナルなタイトルがその一因かも知れない。無名とはいえ仮にも考古学者によって書かれた本の、『古文書の預言、世界の終焉』という題目は、考古学に興味のない人々の好奇心まで刺激したようだ。といっても別に大げさな題目をつけたつもりはない。彼の読み解いた古文書に記された内容は、まさにそのタイトルのままだったのだ。そしてそのあまりに奇想天外な内容が人々を驚かせ、噂が噂を呼び、嬉しい誤算となって好調な販売成績につながったというわけだ。しかし驚いていたのは読者だけではない。それを書いた彼自身が、いまだに信じ難い思いでいた。
 それからというもの、毎日のようにマスコミからの電話が鳴った。取材や番組出演の依頼である。しかしジョンはいっさいの申し入れを断った。特に他意はない。これ以上目立って学会の重鎮たちの反感を買うのは得策ではないと、勝手に判断したのだ。
 けっきょく彼の作品は三ヶ月で八十万部を売り上げる大ヒット作となった。そして初秋の涼しい風の吹き始めたころ、世界を震撼させる事件が起こった。それは皮肉にも、彼の作品をますます世に知らしめることになった。

 二〇一八年、九月、中国は北京――
 その日女優のメイ・リンは、いま撮影中の映画の現場にいた。役どころはあの西太后、かの有名な清の女帝である。二十四歳の若肌を、無理やりメイクで老けさせ、それでいて仕草には子供っぽさを醸し出すという、難度の高い演技に取り組んでいた。百三十年前の宮殿を再現したセットの中で、重い着物を引き摺りながら、苦々しい表情を浮かべ、
「まったくどいつもこいつも……」
 感情を露わにしたセリフを吐き捨てた。とそのときだった――
「えっ!」
 メイ・リンは思わず床に膝をついた。べつに身体に異常をきたしたわけではない。あまりの揺れに立っていられなかったのだ。それは彼女だけではなかった。
「な、なんだっ!」
 他の役者やスタッフも、床にひざまずいて目を白黒させている。もちろんそれが地震だということは誰も皆わかっていた。しかしなぜここ北京で――
 内陸部は別として、こと沿岸部についていえば、人々はほとんど地震のことなど頭になかった。とうぜん備えなど何もしていないに等しい。
「そ、外へ逃げろ!」
 スタッフのひとりが叫んだ。言われるまでもなくすでに皆立ち上がり、宮殿の外に向かって駆け出している。思いは皆同じだ。見た目は堅牢そうに見えても、しょせんは映画のセットに過ぎない。プレハブに毛の生えたようなものだ。しかしそんな彼らの心配も杞憂に終わり、全員が外へ避難したころにはすでに揺れはおさまっていた。セットが崩れ落ちることもなかった。メイ・リンは額の汗を拭いながらほっと安堵の息をついた。しかし彼女がまだ知らないだけで、じつは大変なことになっていた。彼女がそのことを知るのは、それから一時間後のことだった。
 そのまま撮影は中止になり、メイ・リンはホテルに戻った。そしてテレビに見入ったまま、ただ黙って体を震わせていた。
 地震の震源地は東シナ海。そこから三十キロメートルほどの場所に位置する上海の街が、戦争映画のセットのように、見るも無惨な姿に変わり果てていた。
 マグニチュードは九・〇、二〇一一年に日本で発生した東日本大震災とほぼ同程度。上海での震度も七と、やはり東日本大震災での最大震度に匹敵する規模だ。しかしその被害は日本のそれをはるかに超えていた。
 その要因の一つが、乱立する高層ビルと尋常でない人の数だ。竹林のように細長いビルが建ち並び、その人口も世界第六位を誇る大都会。しかしそれだけではこの惨状は説明がつかない。ビルというビルはことごとく倒壊し、高速道路は飴のようにひんまがり、至るところで赤い炎が燃えさかっている。しかしその理由も容易に想像ができた。
 そもそもが、こんなところで大地震が起きようなどとは誰も予想していなかったのだ。地震の元凶であるプレートからはるか離れ、しかも水深二百メートル未満の浅い大陸棚からなる東シナ海で、そんなものが起きるはずがなかった。だからビルも高速道路も、それなりの強度しか持ち合わせていない。しかもその「それなりの強度」にも疑問符がついた。なにしろ不動産バブルに浮かれ、雨後の竹の子のようにまたたくまにできあがっていった代物だ。拝金主義に毒され、賄賂の蔓延するのこの国にあって、それが安全基準を守って建てられているなどとは、とうてい思えなかった。
「どうしよう……」
 ホテルの部屋でひとり、メイ・リンはすっかり狼狽えていた。電話などもちろん通じるはずもなく、呼び出し音さえ鳴らないありさまだ。無事であって欲しいと願う気持ちも、テレビに映る景色を見るたびに絶望へと変わる。なにしろ視界の中に、高層ビルが一棟たりとも見当たらないのだ。
「誠司……」
 ひと言呟いたまま、彼女はベッドの上に顔を埋めた――

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 以上になります。

 公開は今年の6月を予定しております。ぜひご期待のほど。

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