2013年12月30日月曜日

今年を振り返って ――いろいろなことがありました――

 少し早いけれど、僕的な今年のベストファイブの発表です。

おい、誰も訊きたくねえよ・・・

 あー、うるさい。外野は黙ってな! ということで、さっそく始めますよ。まずは、ベスト5。

 KDP界の書評家のパイオニアと言っても過言ではないあの「音楽通・・・」さんに、拙著「出来損ないの天使」が、栄えあるNo.1の評価をいただきました。KDPが日本に上陸して間もない時期のことです。


 なんでこんな作品が、と思われた方も多いかと思いますが、実は僕もそう思っています

駄目じゃねえか・・・

 うるせえな、ほっとけよ・・・ということで、さっそくベスト4へ進みたいと思います。今年のベスト4は、そう、賢明なる読者の方々はもうおわかりですね。

わかんねーよ

 とても残念です。バカはいつまで経ってもバカということなのでしょうか。
 では改めて、今年のベスト4は――そう、ビジネスライターであるエバンジェリスト ZOROさんとの出会いです。きっかけは、メールでした。誤字脱字だらけで有名な拙著に、なんと校正をしていただいたのです。ありがたい話です。それ以来ZOROさんは、僕の新作が出る度に、しかも無料キャンペーンを実施することがわかっていながらその前の有料販売期間中に拙著を購入して、世界一誤字脱字の多いといわれる拙著を校正してくださったのです。ZOROさんなくして今の僕はあり得ないといっても、過言ではありません。でもそれだけじゃありません。ZOROさんを通じて、とても素敵な方に出会えました。実際に現実の世界で会ったわけではないのですが、その素晴らしい人となりは、その方の綴る文字からにじみ出ていました。
 でも残念なことに、その方はもうこの世にはいらっしゃいません。忘れもしない今年の9月のことです。その悲報を知らされた僕は、しばらくは筆をとろうという気力もありませんでした。でもそんな僕に渇を入れて下さったのもZOROさんです。余命幾ばくもない病床で愚輩の作品をお読みになられていたという話をうかがったときには、もう溢れる涙を止めることは叶いませんでした。この場を借りて、改めて崇高なる魂に合掌をさせていただきたいと思います。

 さて、それでは次に今年のベスト3です。ベスト3は、今年始めて参加した文学フリマです。文学という世界にまるで縁のなかった僕にとって、それはとても新鮮で、そしてとても刺激的な経験でした。しかも素敵な出会いがありました。Twitter等では存じていましたが、実際に会ってみると、感動もひとしおなのです。あのとき拝見した犬吠埼さんと幻夜さんの熱く滾る魂――きっとこの先も決して忘れることはないでしょう。いつかあの方々と酒を交わしながら熱く語る、それが僕の夢なのです。

 ではいよいよベスト2です。何を隠そう、それは、「除妖師」シリーズの創作です。春先に色々と悩み、それまでの文体(といってもゴミのようなものですが)を捨て、魂の叫びに忠実に従って書いたのが、この作品です。今でもたまに読み返すことがありますが、おそらく今の僕にはこれ以上の作品は書けないだろうと、そのたびに思うのです。

 そして最後に、今年のベスト1です。もう賢明なる読者様はおわかりですね。そう、つい先日の経験です。ほんの3年前まで小説を読むこともほとんどなかった僕が、評論家の栗原裕一郎さんや、作家の朝倉かすみさん、それどころか、作家であり教授である、あの盛田隆二さんにまでお会いし、しかも貴重なお話まで聞けたのです。
 おそらく今の僕は、ご飯を食べなくても3ヶ月は生きていけるでしょう。それくらい、でっかいエネルギーをいただきました。

 ということで、今年一年をひと言で表現するとすれば、

とても素敵な一年でした

 そして改めて最後に、僕の愚作を読んでいただいた読者の方々、共に電書の世界で頑張って下さった作家の方々、きんどうさんをはじめとする電書世界の伝道師の方々に、深く御礼を申し上げたい次第なのです。

本年はまことにありがとうございました。来年も、よろしくおねがい申し上げます





2013年12月28日土曜日

素敵な方々にお会いしました

 昨夜のことがまるで夢のようでいまだに現実の出来事として受け止められないでいる、KDP界のラストランナー、如月恭介です。

 さて、昨夜は評論家の栗原裕一郎さんと作家の朝倉かすみさんが司会を努められた「1979年—アイドル暗黒年の徒花たち」というイベントに一般参加してきました。年内最終勤務日だというのに昨日も夕刻までびっしりと働かされた社畜の僕は、体内エネルギーのおよそ80%を消費した後で都内某所へ向かったのです。
 比較的こじんまりとした会場は20人強の人たちで埋まり、しばらくの歓談の後、イベントが開始されました。(歓談と言ってもそれは会場の皆さんのことであって、誰も知人のいない一般参加の僕が借りてきた猫のように小さく固まっていたのは、言うまでもありません)

 とても楽しいイベントでした。栗原裕一郎さんのトークは知的で且つユーモラスで、一方の朝倉かすみさんは少しボケを入れた絶妙な返しをされていて、まったく飽きることのない2時間でした。

 そしてイベントが終わり、宴会へと突入したわけですが、当然場違いの僕は一人椅子に座ってハイボールを片手に、日頃見ることの出来ぬ別世界の様子にただただその羨望の眼差しを向けて眺めていました。そしてお酒もずいぶん回ってきていい気持ちになり、そろそろ帰ろうとしたときでした。ある方が僕のそばにいらっしゃって、「もうお帰りですか? もう少し楽しんでいきましょうよ」と声をかけて下さったのです。なんとその方は、評論家の栗原裕一郎さんではないですか! あまりに恐縮してその場を脱兎の如く逃げ去ろうとした僕に、信じられない事案が勃発しました。

 「どういうきっかけで?」と訊かれた僕が「朝倉先生のTwitterを読ませていただいていて・・・」と言うと、「じゃあ先生を紹介しましょう」と言って僕を朝倉さんのそばまで連れて行って下さったのです。しかし僕の驚きはそれだけじゃ済みませんでした。なんと、先生の横の席を指差し、「どうぞこちらへお座り下さい」と――

 実はなにを話したのかまるで憶えていません。それでなくとも慢性アル中で記憶力が著しく欠如している上に、極度の緊張感。それでもはっきりと憶えていることがあります。それは朝倉さんの人となり、っていうやつです。5流の物書きの僕からすればそれこそ雲の上の方なわけですが、そんな驕りや慢心など微塵も感じることのない気さくな方で、僕はすっかりファンになってしまいました。しかし僕の驚きは、まだまだそれだけでは終わりませんでした。朝倉さんの近くに座っておられた紳士が僕に話しかけてこられたのです。なんと、作家であり教授の盛田隆二さんではないですか! そしてやはり盛田さんも、とても気さくで素晴らしい方でした。有益なお話をたくさん聞かせていただいたのですが、先にも申しましたとおり、すっかり忘れてしまいました。

申し訳ございません

 でもいいんです。具体的な内容ははっきりとは憶えていませんが、とても大切なこと、そう、驚きと感動は今もはっきりと記憶にありますから。そしてそのおかげで、少し萎えていた文筆意欲もすっかり回復しました。しかし、頑張って書くぞ、と気合いを入れてキーボードを叩き始めた今日の午後、我がバカ娘が僕に悪態をついたのです。

いったいつになったら年賀状つくる気?

 現実は厳しいな、と思いながらようやく裏面を印刷し終えて、今は少しホッとしたところです。そして一息つくと、ふたたび思うのです。昨日の出来事は本当に現実に起こったことなのだろうか、と。それくらい、僕にとっては夢のような夜でした。


 
     

2013年12月22日日曜日

次の作品で世界をあっと言わせてやるんだ――いや、言わせたいです

 本当は「除妖師III」を書きたかったんだけれど、つい魔がさして、マッドな作品を書いています。(もちろん除妖師IIIも書きます。この作品の後で)
 以下は紹介文と、新作の冒頭です。
 


【魂を揺さぶる、甘く切ないマッド・ファンタジー】
 正義なのか、あるいは狂気なのか? 男は憎悪に、女は愛に突き動かされて、この世にはびこるクソ野郎どもをぶった切る。
 非情な殺戮マシーンと化した二人が紡ぐ、甘くも切ないマッド・ファンタジー。


【解説】
 好評だった除妖師シリーズに続く長編フィクション。ユーモラスな前作とは打って変わり、全編に漂うシュールでクールな狂気の世界。元格闘家でありキックボクサーでもあった著者実経験にもとづくかつてない迫真の格闘シーン(当社比)も見逃せない。(著者談)


殺人は、甘く切ない薔薇の香り

 とても静かだった。いや、何も聞こえなかった。頭の中は真っ白で、目の前の床に広がる血の池が、まるで敷き詰めた薔薇のように美しかった。その薔薇の絨毯の上で、腕と足が反対方向にひん曲がった山下が、潰れたバッタのように転がっている。すでに息はない。
 なんという恍惚感。ゆっくりとアドレナリンが希薄され、かわりに、得も言われぬ充足感が心底から沸々と込み上げてくる。
(終わったよ、美晴……)
 最後に山下の腹を踵で踏みつけると、僕は事務所の出口に向かった。
 アルミの引き戸を開けるとそこはまるで映画の中の一シーンのようで、虹色に滲んだ灯りの交錯する夜の繁華街が、静寂の中で幻想的な絵を描いている。まるで夢の中にでもいるようで、自分が現実の世界に存在している気がまったくしなかった。このまま夢の中にいたい気もしないではなかったけれど、それよりも、早くこの夢を終わらせたいと思った。僕は夢の出口を探して、高速の高架下の大通りに沿ってしばらく歩いた。
(あれだ――)
 前方に青い看板が見えた。麻布警察署――ボンヤリと浮かぶ白い文字。僕はそこに、夢の世界からの逃げ道を見つけた。あそこに行けばまた現実の世界に戻れる。迷わず僕は、そこに向かってまっすぐ歩を進めた――

「堂本、面会だ」
 看守の野太い声がした。
「はい……」
 僕は素っ気なく返事をした。誰かは訊かなくてもわかる。きっとまたあの弁護士だ。頼みもしないのに、まったくお節介な男である。
 ガラスの向こうの面会室にいたのは、やはりあの丸山という弁護士だった。委員会派遣制度とかいうやつで、先方が勝手に僕の弁護を申し出たらしい。丸山は、ホームベースのように四角い顔にかけた銀縁のメガネを指で押し上げながら、諭すように言った。
「いいですか、堂本さん。私だって、あなたを助けたいんです。でもこのままじゃ駄目だ。よくて無期懲役、下手をしたら死刑ですよ。だから、ちゃんと答えてください。あなたには殺意はなかった、そうですよね?」
 僕は黙ったまま首を横に振った。当たり前である。殺意どころか、地獄の苦しみを味あわせてやろうと思ったくらいなのだ。おかげで今の僕は充足感にどっぷりと浸り、これ以上ないほどに多幸な日々を送っている。しかし丸山はそれが気に入らない様子だ。いきなり窓ガラスを叩き、
「わかってんですか、三人も殺したんですよ! 動機もなく、ただ殺したかっただけだなんて、あり得ないでしょう!」
 顔を真っ赤にして、つばを飛ばしながら声を荒らげた。
(何を言ってんだ、こいつ。ただ殺したかっただけじゃないよ、苦しみを味あわせて殺したかったんだ)
 そう反論しようかとも思ったけれど、ますますこの男が逆上しそうなのでやめておいた。しばらくの沈黙の後、何も言わない僕にしびれを切らしたのか、丸山は顔がガラスにくっつくほどに身を乗り出して言った。
「で、今は後悔しているわけですよね? そうでしょ?」
 どうしてもそう言わせたいらしい。でも残念ながら、この男の期待には沿えない。
「いえ、まったく――」
 僕が言った瞬間、丸山は天を仰ぎ、フウーッと溜息を漏らした。そして眼鏡の奥の冷淡な目で僕を睨みつけ、感情をむき出しにしてまくし立てた。
「まったく話にならんな。あんたはそれでよくても、こっちはそれじゃ困るんだよ。僕たちはね、人の命を勝手に裁く現代の法制度にメスを入れたいんだ。だから、君には頑張ってもらわなきゃ困るんだよ!」
(知るか、そんなもん)
 こんな独りよがりの偽善に付き合うほど、僕はお人好しじゃない。
「もういいでしょうか――」
 僕が迷惑そうに言うと、丸山は眉を斜めにひん曲げ、
「ったく、少し冷静になって考え直しておいてくださいね。じゃあ、また来ます」
 そう言って、重そうに腰を浮かせた。
(二度と来るな)
 口の中で悪態をつくと、僕もゆっくりと腰を浮かせた。

 独房に戻り、畳の上に寝っ転がって、窓の外の景色に目をやった。景色と言っても、単調に広がる空が見えるだけだ。青い空に白い雲が、綿菓子を伸ばしたように薄く膜を引いている。ここへ来て二週間、僕の心はその秋空よりもずっと晴れやかだった。もしかするとあのとき吹き出たアドレナリンが、憎悪も後悔も、それどころか生への執着心までをも、すっかり洗い流してしまったのかもしれない。
 その日の午後は珍しく、というかここに収監されて初めて、弁護士以外の面会者があった。例のように面会室の前まで行くと、ガラスの向こうに見慣れぬ顔があった。引き締まった大柄の身体を折り曲げるようにして、初老の男が窮屈そうに椅子に座っている。看守が言った。
「牛島さんだ」
 聞いたこともない名前だ。白髪混じりのその初老の男は、無駄のない精悍な顔を無理やり崩して、ぎこちない笑みを浮かべた。
「やあ、堂本さん。初めまして、牛島といいます」
 名前を名乗られても、どう反応していいかわからない。僕が曖昧に「はぁ……」と小さく答えると、牛島というその男は看守に向かって、
「悪いけど、ちょっと外してくれるかな」
 そう言って顎をしゃくった。看守は大きく首を縦に振り、逃げるように小走りで去って行った。
(なんだ、また弁護士かよ……)
 僕が勝手にそう決め込んだのには、理由がある。一般の面会には必ず看守の立ち会いが必須であり、例外が許されるのは弁護士だけなのだ。たちまち不機嫌になった僕は、言葉遣いや態度まで露骨に変えてみせた。
「なんの用でしょう――」
 ぶっきらぼうに僕が言うと、牛島は目尻に皺を寄せて苦笑いを浮かべ、
「ずいぶんと迷惑がられているようだな」
 そう言って、両手を顎の前で結んだ。そのいかにも横柄な態度に、ますます僕は気分を害した。
「弁護なんていりませんから、放っといてもらえませんか」
 吐き捨てるように僕が言うと、牛島はその顔に笑みをたたえたままジッと僕の目を見つめた。
「なるほど、私を弁護士だと勘違いしたわけだ。残念ながら、私には君を弁護する資格なんてないし、そのつもりも全くない」
「じゃあなぜ――」
 なぜ看守が席を外したのか、それにいったい何をしに来たのか、と訊こうとする僕の言葉を遮り、牛島は僕の顔を覗き込んで訊ねた。
「で、後悔はしていないのかね?」
「何を?」
「山下たちを殺ったことだよ」
「…………」
 予期しない意外な問いかけに、僕は少し戸惑った。牛島はさらに顔を突き出して、
「どうなんだ?」
 責めるような目で僕を見つめた。
「まったく――」
 僕が冷めた声で返すと、
「うん、それでいい」
 牛島は、さも満足げに大きく頷いた。
 このあたりから、僕の頭は少し混乱し始めていた。そしてその後に続いた牛島の話が、その混乱にますます拍車をかけた。
「それでいい。でも君は大きな勘違いをしている」
「勘違い?」
「ああ、とんだ勘違いだ。山下なんて下っ端を殺って溜飲を下げてるようじゃ、話にならんってことさ。君のやったことは、ただのトカゲの尻尾切りに過ぎないんだ」
 いつのまにか牛島の顔から笑みが消え、かわりに射るような鋭い眼光が僕の目を捉えて放さない。
「別に溜飲を下げてるわけじゃ……」
 僕が口の中で言葉を籠もらせると、牛島はくっつきそうなほどに顔をガラスに近づけた。
「いや、そうだ。君はあれですべてが片付いたと勘違いをしているんだ。いいか、よく聞け。また被害者が出たぞ――」
「被害者?」
 ハッとして僕が訊き返すと、牛島は思わせぶりに腕を組み、大きく後ろへふんぞり返った。
「自殺だ。二十歳の女子大生。理由はまったく同じだ。そう、川上美晴のときとな。そして警察は何もできない。これも同じだ」
(な、なにを言っているんだ、この男は?)
 いや、言っていることはわかる。でもそんな話をどうして僕にするんだ――山下らをなぶり殺したおかげで、せっかく無の境地になれたというのに……
 混乱する僕にかまわず牛島は続けた。
「かわいそうに……まだ二十歳だぞ、人生まだこれからだというのに。しかも本人にはまったく非がない。遺書もなく、完全な無駄死にだ。悔しくてしょうがなかったろうに――」
 身体が震え始めた。動揺を悟られまいと必死に堪えようとしたけれど、今度は奥歯までもがガチガチと音を立て始めた。すっかり忘れていたあの吐き気にも似た不快なうねりが、心底からとぐろを巻いて蘇ってくる。しかし牛島は容赦なかった。
「いいのか、このまま放っておいて? 連中はなんとも思っちゃいない。数ある商品の中の一つが消えたに過ぎない、かわりを見つけりゃ済む、それくらいにしか思っちゃいないんだ」
 僕はとうとう震えを堪えきれなくなった。嗚咽を抑えながら声を振り絞った。
「ぼ、僕に、どうしろと――」
「君はどうしたい?」
 突然訊ねられ、僕は少し戸惑った。でも楽になる方法は、もうそれしか思い浮かばなかった。
「そ、そいつらを、ぶっ殺してやりたい……」
 僕が言った瞬間、牛島は目を大きく見開き、顔を前に突き出した。そして低い声で囁いた。
「よかろう、君の希望を叶えてあげようじゃないか。但し、条件がある」
「条件?」
「私の部下になることだ。そうすれば、君の思いどおりに連中を殺らせてあげよう」
 牛島はそう言ってニヤッと笑った。僕はその顔をジッと見つめた。この男がいったい何者なのか、どうして僕にそんなことを打診するのか、わからないことだらけだ。ただ一つだけわかったのは、僕には他に選択肢がないということだ。僕は震える声を絞り出した。
「――やらせてください」
 その瞬間、僕の未来が決まった。この世にはびこるクソ野郎どもの鮮血に染まった、薔薇の香り漂う素敵な未来が――

 それから三日後、娑婆に出てアパートに向かう僕は、思わず肩をすぼめた。街路樹の葉はすっかり枯れ落ち、吹き付ける風には乾いた冬の臭いが香る。
(そうか、もうすぐクリスマスなんだ……)
 すべての過去を捨て去るついでに、季節までをも忘れてしまっていたようだ。牛島から渡されたしわくちゃの手紙を片手に、ようやく目的の場所に辿り着いた。そこは横浜駅から歩いて二十分ほどのところにある、異臭を放つどぶ川沿いに建った朽ちかけのモルタルのアパートだった。玄関はない。赤茶色に錆びた鉄製の外階段を、音程の揃わない甲高い音を冷たい空気に響かせながらゆっくりと昇る。廊下を進み、三つ目のドアの前で立ち止まった。表札に目をやる。
(ここだ……)
 速見真一――横長の白いプラスチックに書かれた見慣れぬ楷書体の黒い文字。そう、それが僕の新しい名前だ。少し月並みなようにも思えるけれど、意外と尖った感じもして、けっして悪くはない。封筒から鍵を取り出し、さっそくドアの鍵穴に差し込んだ。ドアノブに手をかけそれを手前に引いた瞬間、青臭い畳の臭いが鼻腔をくすぐる。木枠の窓から差し込む柔らかい陽射しが部屋の隅々まで照らし、六畳ほどの狭い空間を、まるで昭和六十年代の青春映画を想わせるような懐古的な絵に仕立て上げている。幸いにも陽当たりは悪くはなさそうだし、一人で住むには十分な広さだ。
 僕は白いスニーカーを脱ぎ、畳の上に足を踏み出した。ツルッとした真新しい感触が素足に伝わり、新しい時間の胎動を感じさせる。
 部屋の中は閑散としていた。左の壁際に黒いスチール製のベッドがあるだけで、それ以外には何も見当たらない。僕は部屋の中を進み、カーテンのない窓を開けた。
(う、うっわーっ)
 あわててまた閉め直す。とんでもない臭いだ。汚物と海藻を混ぜたような、この世のものとは思えない絶望的な悪臭。きっと目の前のどぶ川が犯人に違いない。よくもこれで『リバーサイド・ハイツ』なんて名乗ったもんだ――誰に言うでもなく悪態をつくと、僕は壁際のベッドに向かった。
 硬いベッドの上に横になり頭の下で両手を組んでまどろむ。しばらくすると耳元で懐かしいメロディーが流れ始めた。白鳥の湖、いや、くるみ割り人形だっただろうか――音楽にとんと疎い僕にはよくわからなかったけれど、聞き慣れた曲であることには間違いない。音のする方に顔を傾けると、ずいぶんと小型のスマホが、その黒いボディーを小刻みに振るわせていた。きっと牛島からに違いない。慌てずゆっくりと手を伸ばす。
「もしもし――」
『やあ、どうかね、久しぶりの娑婆の空気は?』
 やっぱりそうだ。感情を無理やり押し殺したような低い声、牛島は続けた。
『ゆっくりしたまえ、と言いたいところだが、そういうわけにもいかない。時間が経てばそれだけ犠牲者が増えることになるからな。さっそく今夜から活動を開始してもらおう。夕方、君の相棒をそこへ行かせる。話は彼女から聞いてくれ。それじゃあ――』
 電話がぷつりと切れた。言いたいだけ言っておいてまったく勝手な男である。それにしても、いったいどういうことだ? 相棒? 彼女? まるで要領を得ない僕はもう一度スマホの画面に視線を戻した。
(午後三時か――)
 いずれにしても、あと数時間もすればわかることだ。僕はそれ以上詮索するのをやめて、ふたたび顔を天井に向けて目を閉じた――



2013年12月12日木曜日

個人出版が成功する一つの形 ―幻夜軌跡さんの新作に思う―

 年末になり仕事もあれやこれやと忙しくなってきた最中、目覚まし時計の騒音の件で娘と大喧嘩をしてしまい、心身共にボロボロの如月です。さて、今日は僕の話を聞いていただく前に、このブログを読んでいただきたいと思います。幻夜軌跡さんのブログです。

幻夜軌跡のブログ(のぎのぎ出版) 『疎外』アップロードしました!

 幻夜さんの新作発表のお知らせなわけですけれど、読む進めるうちに、僕には個人出版のあるべき未来の姿が見えてきたような気がします。キーワードは、以前にもブログで申し上げた『品質の担保』です。

 執筆の後しばらく時間をおいて自分の作品を読み返すと、実はいろいろなことが見えてきます。それは構成の甘さであったり、文章の稚拙さであったり、あるいは不十分な状況描写であたりするわけです。しかし実はこの”しばらく時間をおく”という作業はとても無駄なことであり、決して必要ではないような気がするのです。一人でやろうとするからそうなるわけで、白紙の状態の第3者がいれば、リアルタイムでそれを実現できるはずです。

 僕はよくは知りませんが、商業出版の世界ではおそらくそれが当たり前のようになされているのではないかと推測します。そう、著者と出版社の担当の方との間でです。そしてそれが結局、作品の『品質の担保』に繋がっているのではないでしょうか。

 もしそうであれば、商業出版にあって個人出版に欠けている決定的なもの、すなわち『品質の担保』は、今回の幻夜さんのような試みによって補完できる可能性があると思います。

 商業出版のインフラを介さずに、フリーの作家推敲(校正)担当者イラストレーターが作品を仕上げ、そしてそれを世に出す。まさに電子書籍時代の一つのあり方のような気がしてならないのです。

 僕はオタクで対人関係が大嫌いな人間なので幻夜さんのようなチャレンジは出来ませんが、是非とも幻夜さんには成功していただいて、個人出版という世界の勝利の方程式を完成していただきたいと願うばかりです。

2013年12月11日水曜日

個人作家の時給

 こんな話をすると気分を害する人がいることを百も承知で書きます。ついつい気になったのです。個人作家の労働に対する報酬は時給に換算するといくらなのだろう、と。
 もちろん個人作家といっても、様々です。アマゾンで年間なんとか賞に入賞したあんな人もいれば、僕のようにそれを鼻毛を抜きながら他人事のように眺めている間抜けもいます。なので今日は、その間抜けを例にとって検証してみたいと思います。

 先月、今月は売上げがとても好調でした。ですからこれは本来の僕の姿ではないことを前置きして話を進めます。(よろしいですね、税務署殿)

 先月の有料本の売上げはおよそ300冊でした。今月は10日が終わって50冊強。ということは、今月末には100冊から150冊になるものと予想されます。来月はさらに減って50冊か、いっても100冊まででしょう。そして再来月は新作の発表がありますのでふたたび300冊を目指すと。(本当かよ、おい・・・)
 以上から推測するに、一ヶ月当たりの平均売上げはおよそ170冊です。これがすべて250円の本だと仮定すると、1冊当たりの利益が170円ですから、1ヶ月の総収入が3、170円X170冊=3万円弱。

 次はいよいよ時給の計算です。3ヶ月に1作のペースで長編を発売することを前提としていますから、1日の平均執筆時間は2時間ほどでしょう。と言うことは1ヶ月で60時間。もう簡単ですね。

30,000円÷60時間 = 500円/時間

 サルでも出来る計算です。そうです、時給は実は500円だったのです。これが高いと考えるか安いと考えるかは、人それぞれでしょう。もちろん各自治体が決めている最低時給(800円強)には遠く及びませんが、メリットもたくさんあるのです。

1.実は趣味であって、収入はおまけに過ぎない
2.誰に指図されることもなく自由である
3.時間に縛られることなく、書きたいときに書けばいい

 これで最低時給の6割以上ものお金まが貰えるなんて、素晴らしいですね。複雑で難解な計算に敢えてチャレンジした甲斐もあったというものです。
 しかし忘れてはいけないことが一つあります。それは、

必要経費です

 パソコンや一太郎といった執筆に必要な設備投資は一切考慮していません。それよりも何も、僕の場合は、実はもっと大きな必要経費が隠されているのです。そう、頭のいい読者さまなもうおわかりですね。

酒です

 発泡酒を1日2本、ウィスキーを1週間にやはり2本、これがなければ小説なんて絶対に書けない僕にとっては、まちがいなく必要経費です。そうやって色々と考えてみると、

実は時給どころか大赤字

 なわけですね。

 やっぱり計算なんてしなきゃよかった、といまさら後悔している情けないオヤジでした。

2013年12月8日日曜日

ワールドカップのもう一つの魅力

 いよいよ組み合わせが決まりました。僕は「おー」っと声を上げずにはいられませんでした。なんとあのコロンビアが同組ではないですか。僕の脳裏に、あの’94の、熱く、そして狂気に満ちたワールドカップが想い起こされたのです。

 あの頃、南米に一人の天才サッカー選手がいました。金色の髪をなびかせ、ピッチの上で魔術師のようにボールを操る天才。彼の名はバルデラマ。優勝候補と言われたコロンビアは、そのほとんどのゴールを彼を介して奪っていたのです。しっかりとボールを保持して、3、4人ものディフェンダーを引きつけて放つ、あのマジックのように意表をついたパス。もはや芸術です。でも彼が率いるコロンビアは、前評判も虚しく、予選で敗退してしまいます。

 今でも忘れません、あのオウンゴール。それは初戦でルーマニアにまさかの敗戦を喫した後の、絶対に負けられないアメリカ戦でのことでした。ゴール前に放たれたクロスに足を伸ばしたアンドレス・エスコバル、無情にもボールはコースを変えて、ゴールに吸い込まれてしまいます。悲しいことにコロンビアのワールドカップはそれで終わってしまいました。でも本当の惨劇が起こったのは、その後です。

 当時は(今は知りませんが)コロンビアは異様なサッカー熱に包まれ、しかもとても治安が悪かったのです。敗退した選手たちは身の危険を察して祖国に帰ることを諦めました――ただ一人を除いて。その一人とは、そう、あのオウンゴールをやらかしたアンドレス・エスコバルです。彼は言いました。

「僕には、祖国に帰ってきちんと釈明する義務がある」

 
 残念ながら、それは美談になることはありませんでした。コロンビアの郊外のバーから出てきた彼に、無数の銃弾が襲いかかりました。英雄になるはずだったスポーツ選手が、たった一つのミスで命を奪われたのです。とても悲しい話です。でもサッカーというスポーツは、それほどまでに人々の心を鷲づかみにして離さない、想像以上に恐ろしくも魅力的なスポーツなのです。

 来年のワールドカップは、いったいどんなドラマを生むのでしょう? まさに筋書きのないドラマ、それは決して美談だけでは終わらない、ときには胸を締め付けるような悲しい物語をも紡ぐのです。

今は亡きエスコバル選手に、哀悼の意を込めて、合掌

 

2013年12月3日火曜日

あるよね、未だに死にたくなる恥ずかしい想い出って

あるのかよ?

 うん、死ぬほどたくさん。まず最初に頭に浮かぶのが、小学校低学年のときの夏の切ない想い出。そう、ラジオ体操の朝だよ。歩いて5分の小学校に行くときから、人の視線が気になっていたんだよね。でも当時は今にもましてバカだったから、ちっとも気づかなかったんだ。体操が終わって家に帰って母ちゃんに、

「このばかたれっ!」

 そこで始めて気づいたってわけだよ。パジャマの上に半ズボンをはいていたことに。

「…………」

 で次が、そうだね、これもやっぱり小学校低学年のときの夏の切ない想い出。当時僕の家は農業兼雑貨屋をやってて、アイスキャンディーも売ってたんだ。あれだよ、食べた後で木の棒に『あたり』って書いてあるともう一本貰えるやつ。そんで僕は考えたんだ。自分で書いたら良いじゃん、ってね。チャレンジ精神に満ち溢れていた僕は、さっそく実行に移したよ。そう、マジックで書いたのさ。でもとても残念なことに、脳の発育がずいぶんと悪かったせいか、僕は字が書けなかったんだ。それでも一生懸命書いておやじに渡したら、グーで殴られたよ。

「な、なんで?」

 鏡で映したように、字が左右反対だったんだよね。

「…………」

 次はなんだっけ……そうだ、あれだ。お漏らしだ。これもやっぱり小学校のときのことなんだけど、当時から僕はとても謙虚で、自分勝手な都合を人に押しつけることが出来なかったんだ。であるとき授業中に急に尿意をもよおして、でも先生に言えなくて、気がついたら僕の椅子の周りが小便だらけになっていたってことさ。泣ける話だろう?

「…………」

 そして次は、いきなり飛んで大学生。えっ、なぜ急に飛ぶのか? 聞くなよ、恥ずかしい。記憶を無くしてすっかり忘れちまったからに決まってるだろ。で、大学に入って、僕は初めてデートってやつをしたんだ。でも生まれ育ったのが辺りに田んぼしか無い田舎で、しかも高校時代は応援団、僕はそういうことにまるで要領を得なかったんだ。さらに悪いことに大学で寮に入った僕の周りも同じような田舎者ばかり。愚かな僕は奴らに訊いたよ、どこに行けば良いかなって。

そりゃ、六本木のアマンドだろ。ちょー有名らしいぜ

 迷わず行ったね、アマンドに。そしてコーヒーを飲んださ、その子と二人でね。もちろん、その子とはそれっきりさ……

 最後に、昨日の話をして終わりにしようかな。朝通勤電車に乗ってて、やたらと他人の視線が気になったんだよね。そう、グッと僕の顔を見入る熱い視線。おや、突然キムタクみたいなイケメンになっちゃったかな、ボク? なんて思いながら会社について、トイレで用をたして、そんで鏡を見たわけだよ。驚いたね、ボクは。

「どうしたんだよ?」(棒読み)

口の周りが歯磨き粉で真っ白だったんだよね。あー、恥ずかしい。

――大変失礼いたしました。すべて本当の話です