今日は娘のたっての願いで、ホームセンターに出かけることになりました。目的のブツは、虫かごと虫取り網です。久しぶりに車に乗り込み、キーを回して――あれっ?
ウンともスンともいいません
おかしいなあ――でも何度やっても駄目です。どうやら、ご臨終なされたようです。まだ10年弱しか乗っていないのに、とても残念です。(もうすぐ車検も近いというのに、出費がかさむ一方です) しかも娘には無能呼ばわりされてしまうという、それはもう散々な一日でした。
さてそんなこともありつつも、本日、無事に新作の草稿を書き終えました。ピッタリ300ページ、ほぼ予定どおりです。これから二週間ほどかけて推敲を行う予定です。
それにしても今回の執筆は多難続きでした。一番の問題は、モチベーションです。そしてその問題は、今回の作品が連作ものだということに起因しています。(僕にとっては連作ものは今回が初めてです)
バカな僕は、2話目を書き始めるまではそのことにまったく気づいていませんでした。そして本作の執筆に入ったとき、ハタと思ったのです。ニュートンの法則よりもわかりやすい、その自然の原理に。
誰も読まないんじゃねーか、もしかして
当然の疑問です。連作ものの第2話は、第1話を読んで始めて読むものです。と言うことは、1話目が不発に終わったら、2話目も間違いなく失敗に終わるということです。そしてとても残念なことに、その1話目は、
恐ろしいほどに、不発に終わってしまったのです
これでは2話目の執筆に気合いが入ろうわけがありません。でも何とか頑張りました。そして自分なりには納得のいく作品を書き終えることができました。まあ実際には、これから最も過酷な推敲が待っているわけですけど……
さて、そんなこともあって、今回僕が考えさせられたことがあります。それは、
リスクとリターンです
連作ものというのは、書く側にとっては、実はとても楽なのです。なにしろ主要な登場人物は一緒で、悪い言い方をすれば、1話目の使い回しがきくのです。それに1話目で物語や人物の背景は出来上がっているわけで、2話目からはよけいな説明も省けます。だから愚かな僕は、密かにほくそ笑んでいたものです。
やっぱ、連作ものだよな、これからは
まったくのバカ者ですね。そこに隠された大きなリスクにまるで気づいていなかったわけです。
ということで、除妖師は第2話でいったん終了させていただきます。次に何を書くかはまだ決めていませんが、また作風をガラリと変えて、まったく新しい分野にチャレンジしようかとも考えています。
逃げてんじゃねーのか、現実から
違います。もう一度言いますけれど、チャレンジです。
では最後に、2週間後くらいに発表する予定の新作、「除妖師II」の表紙デザインがほぼ固まりました。これからまだ少し手を入れる可能性もありますが、まずはご紹介まで。
2013年9月29日日曜日
2013年9月27日金曜日
神にもの申したい
今日は、どうにもやるせない気分です。その方が先月他界されたことも知らずに、ふざけたエッセイを書き続けていた自分が、とても恥ずかしい。
きっかけは、某ビジネスライーターさんでした。この際なので明かしてしまいますが、僕の作品を推敲していただいているのは、この方です。アマゾンにはとても厳しい書評もいただいていますが、だからこそ嬉しいんです。本当に読んでいただいている、それがひしひしと伝わってきます。
話を戻すと、その方はこのビジネスライーターさんのお知り合いで、僕の作品や晴海さんの作品を読んで、素敵な感想をブログに載せておられました。二年も前に末期がんの宣告を受けたとはとても思えない、常に人の心を思いやる優しい言葉。
だからこそ、許せない
神に言いたい。あなたは何がしたいのか。人間の心を弄んで笑ってるだけじゃないのか? あなたにしてみれば、たしかに人間は愚かで取るに足らない生き物かもしれない。でも僕は言いたい。
あんたこそ、なんだんだよ
万能? 全知? ふざけるな! 悪しきものを世にはびこらせて、美しき魂を闇に葬る。とても我慢なりません。
今日は、これでやめておきます。あまりのショックに、頭が変になりそうです。最後にひと言だけ言わせていただきます。
おい神よ、改心するなら、今のうちだからな
きっかけは、某ビジネスライーターさんでした。この際なので明かしてしまいますが、僕の作品を推敲していただいているのは、この方です。アマゾンにはとても厳しい書評もいただいていますが、だからこそ嬉しいんです。本当に読んでいただいている、それがひしひしと伝わってきます。
話を戻すと、その方はこのビジネスライーターさんのお知り合いで、僕の作品や晴海さんの作品を読んで、素敵な感想をブログに載せておられました。二年も前に末期がんの宣告を受けたとはとても思えない、常に人の心を思いやる優しい言葉。
だからこそ、許せない
神に言いたい。あなたは何がしたいのか。人間の心を弄んで笑ってるだけじゃないのか? あなたにしてみれば、たしかに人間は愚かで取るに足らない生き物かもしれない。でも僕は言いたい。
あんたこそ、なんだんだよ
万能? 全知? ふざけるな! 悪しきものを世にはびこらせて、美しき魂を闇に葬る。とても我慢なりません。
今日は、これでやめておきます。あまりのショックに、頭が変になりそうです。最後にひと言だけ言わせていただきます。
おい神よ、改心するなら、今のうちだからな
2013年9月26日木曜日
日本語にまつわる恥ずかしい話
ここのところブログのアクセス数が順調に増え、いよいよカウンターが7千の大台を突破しました。ありがたいことです。
自分でクリックしてんじゃねーのか
いいえ、違いますっ!
さて今日は、日本語にまつわる話題です。といっても、真面目な話は期待しないでください。なにしろ、幼少の頃から国語がまるで駄目で、いまだに自分のペンネームさえ漢字で書けない有り様なのです。だから今日の話は、僕のおかした恥ずかしい失敗談です。
3年前から小説を書き始め、当時は、漢字はおろか、まともに口語と文語の区別もつきませんでした。それに1人称と3人称の表現の違いも、はっきりいってよくわかりませんでした。(実はこれは、今でもときどき錯乱しますが)
そのくせ玄人ぶって、少し気取った表現や、ちょっと難解そうな表現を無理やり使おうとしたものです。そう、
能のない見栄っ張りがよくやることですね
嫌なことは酒を飲んで忘れる特技を持ち合わせているおかげで大概のことは憶えていませんが、ときどき想い出しては死にたくなる失敗があります。例えば、
狐につつまれる
お、おい……毛皮にくるまれてどうするつもりだよ……
あるいは、
的を得る
標的を手に入れても、何も良いことはありませんね。ちゃんと射らなきゃ。もっとひどいのになると、
こともあろうか
なんだか2つの言い回しが、いつのまにか頭の中でくっついちゃったんですね。
でも小説を書こうと思わなかったら、いまだにこれを使っていたわけです。きっとみんなは僕のことを馬鹿にしていたんでしょう。陰でこっそりと。とても恐ろしい話です。
さて、これらは言葉自体が間違っているわけですが、それとは別に、意味を取り違えていたものも多数あります。たとえば、
僕の小説は、すべからく人気がある
もう、まるで意味がわかりませんね。でも、ほんの少し前までは、僕の中ではこれで意味が通じていたんです。ほんとにおそろしいですね、無知って。
おめーだけだよ
まだまだ知らないところで、恥ずかしい過ちを犯しているに違いありません。でもそんななかで、一つだけ良いことを学びました。それは、
漢字の使用を極力避けて、できるだけひらがなで書く
もちろん、読みやすくするためでもなければ、情緒豊かに表現しようというわけでもありません。ただ単に、漢字の誤用を避けるためです。でも人はそうは思いません。
おっ、村上春樹ふうじゃん
も、申し訳ございません、春樹さま。けっしてそんなつもりじゃ……
ということで、今日も洒落たオチもなく終わります。あっ、それと最後に――
ブログのアクセスは順調なんですけど、本の売上げがさっぱりで……
あなたの見ている画面の右上に、そう、そこの右上です。何やらちっちゃな絵があるますね。赤と白のそれです。あ、何も考えなくて良いんです。それをかるーくクリックして、そうです。後は”購入”ってボタンを……
死ねよ、おっさん
大変失礼いたしました。
【お詫び】
狐に――の表現に、さらに誤りがありました。とても恥ずかしい話です。こっそりと修正しておきましたこと、ここにご報告させて頂きます。
自分でクリックしてんじゃねーのか
いいえ、違いますっ!
さて今日は、日本語にまつわる話題です。といっても、真面目な話は期待しないでください。なにしろ、幼少の頃から国語がまるで駄目で、いまだに自分のペンネームさえ漢字で書けない有り様なのです。だから今日の話は、僕のおかした恥ずかしい失敗談です。
3年前から小説を書き始め、当時は、漢字はおろか、まともに口語と文語の区別もつきませんでした。それに1人称と3人称の表現の違いも、はっきりいってよくわかりませんでした。(実はこれは、今でもときどき錯乱しますが)
そのくせ玄人ぶって、少し気取った表現や、ちょっと難解そうな表現を無理やり使おうとしたものです。そう、
能のない見栄っ張りがよくやることですね
嫌なことは酒を飲んで忘れる特技を持ち合わせているおかげで大概のことは憶えていませんが、ときどき想い出しては死にたくなる失敗があります。例えば、
狐につつまれる
お、おい……毛皮にくるまれてどうするつもりだよ……
あるいは、
的を得る
標的を手に入れても、何も良いことはありませんね。ちゃんと射らなきゃ。もっとひどいのになると、
こともあろうか
なんだか2つの言い回しが、いつのまにか頭の中でくっついちゃったんですね。
でも小説を書こうと思わなかったら、いまだにこれを使っていたわけです。きっとみんなは僕のことを馬鹿にしていたんでしょう。陰でこっそりと。とても恐ろしい話です。
さて、これらは言葉自体が間違っているわけですが、それとは別に、意味を取り違えていたものも多数あります。たとえば、
僕の小説は、すべからく人気がある
もう、まるで意味がわかりませんね。でも、ほんの少し前までは、僕の中ではこれで意味が通じていたんです。ほんとにおそろしいですね、無知って。
おめーだけだよ
まだまだ知らないところで、恥ずかしい過ちを犯しているに違いありません。でもそんななかで、一つだけ良いことを学びました。それは、
漢字の使用を極力避けて、できるだけひらがなで書く
もちろん、読みやすくするためでもなければ、情緒豊かに表現しようというわけでもありません。ただ単に、漢字の誤用を避けるためです。でも人はそうは思いません。
おっ、村上春樹ふうじゃん
も、申し訳ございません、春樹さま。けっしてそんなつもりじゃ……
ということで、今日も洒落たオチもなく終わります。あっ、それと最後に――
ブログのアクセスは順調なんですけど、本の売上げがさっぱりで……
あなたの見ている画面の右上に、そう、そこの右上です。何やらちっちゃな絵があるますね。赤と白のそれです。あ、何も考えなくて良いんです。それをかるーくクリックして、そうです。後は”購入”ってボタンを……
死ねよ、おっさん
大変失礼いたしました。
【お詫び】
狐に――の表現に、さらに誤りがありました。とても恥ずかしい話です。こっそりと修正しておきましたこと、ここにご報告させて頂きます。
2013年9月23日月曜日
かの隣国が、ずいぶんともめているようです
すっかり過ごしやすい気候になりました。と言うか、少し肌寒いくらいです。かく言う僕も、今日は迂闊に昼寝をしてしまい、風邪をひいてしまったようです。とんだバカ者ですね。
さて今日は、本来は触れないはずの政治ネタです。もちろん無知な僕のことですから、少々、というか、かなり的を外れていることをご承知おきのほど。
皆さんもご存じのように、えっ、ご存じない? それはとても残念です。もう一度小学校からやり直しましょうね。
早く次に進めよ
大変失礼いたしました。で、多くの皆さんがご存じのように、中国は今、一大スキャンダルで大もめです。そう、これですね。
薄熙来元重慶市書記に判決、無期懲役=収賄、横領、職権乱用で
ニュースによれば、5000億円くらい溜め込んじゃったらしいです。そう思うと、この判決も別に驚くことでもないようにも思えます。でも、僕は驚きました。一つは、その処罰です。とてもあの国の判決とは思えないほど、軽いのです。贈収賄に関して、よく言われることがあります。それは、中国は収賄に厳しく、アメリカは贈賄に厳しい。そしてこの日本は、両方に分け隔てなく厳しい。その収賄に厳しい中国にあっては、上級公務員の収賄は、ほとんどが死刑なのです。だからこの判決だけでも驚きなのですが、さらに驚くべきニュースが舞い込んできました。これです。
「不公正だ」薄被告、判決直後に大声でどなる
中国国内では伝えられていなかったようですが、どうやら香港紙がすっぱ抜いたようです。真偽のほどは別として、もしこれが本当だとしたらと、また僕の妄想が膨らむわけです。
おいおっさん、いい加減にしろよ
無視しましょう。で、興味深いのが、「不公平だ」という言葉の真意です。取り方によればそれは、「俺だけじゃないだろう」ともとれます。だとしたら、大変なことな訳です。なにしろ放っておいたら、他の共産党幹部たちにも飛び火しかねないわけですから。大騒ぎになるのもわかろうというものです。でも僕は、この言葉には他の意味の可能性もあるんじゃないかと、邪推したわけです。
酔っ払ってるだけじゃねーのか?
はい、鼻からウィスキーが零れ出そうなほどに、酔っ払っています。話を続けましょう。僕が思ったのは、この言葉は中国の裁判のあり方に対する批判じゃないのか、ということです。つまり、一方的に権力者側の意見だけを聞き入れ、その権力者の邪魔になる人間の意見は無視をする。それを指して不公平といったんじゃないかと。一説によると、この薄被告は共産党の権力争いに敗れたと言われていますから、あながち的外れでもないような気がするのです。それにもし口封じをしたいのなら、死刑にしない意味がよくわかりません。
この先どういう展開になるのか、目が離せませんね
ところで、目が離せないと言えば、これもそうです。そう、あのジャンケン大会です。青春のすべてを賭けて戦う乙女のマロン。なんと素敵なことでしょう。それだけでも十分素敵なのに、もっと素敵なニュースが舞い込んできました。
じゃんけん大会“ヤラセ説”一蹴 秋元才加「本当にガチの勝負」
いったい誰なんでしょう、この熱くも美しい戦いにケチを付けたのは。とても残念でなりません。そういう人たちは、改めてこの言葉を読んで、反省していただきたい。
本当にガチの勝負。勝ちたいって気持ちがこうやって叶うんだなって
お、おい……他に頑張ることがあるんじゃねーのか……勝ちたいって気持ちが、って、その気持ちがあるなら、ジャンケンじゃなくて、もっと他の――
おおっっと、つい本音が漏れてしまいました
でも、AKBファンの方々には内緒ですよ。殺されかねませんからね。もちろん、僕の娘にも内緒でお願いします。
さて今日は、本来は触れないはずの政治ネタです。もちろん無知な僕のことですから、少々、というか、かなり的を外れていることをご承知おきのほど。
皆さんもご存じのように、えっ、ご存じない? それはとても残念です。もう一度小学校からやり直しましょうね。
早く次に進めよ
大変失礼いたしました。で、多くの皆さんがご存じのように、中国は今、一大スキャンダルで大もめです。そう、これですね。
薄熙来元重慶市書記に判決、無期懲役=収賄、横領、職権乱用で
ニュースによれば、5000億円くらい溜め込んじゃったらしいです。そう思うと、この判決も別に驚くことでもないようにも思えます。でも、僕は驚きました。一つは、その処罰です。とてもあの国の判決とは思えないほど、軽いのです。贈収賄に関して、よく言われることがあります。それは、中国は収賄に厳しく、アメリカは贈賄に厳しい。そしてこの日本は、両方に分け隔てなく厳しい。その収賄に厳しい中国にあっては、上級公務員の収賄は、ほとんどが死刑なのです。だからこの判決だけでも驚きなのですが、さらに驚くべきニュースが舞い込んできました。これです。
「不公正だ」薄被告、判決直後に大声でどなる
中国国内では伝えられていなかったようですが、どうやら香港紙がすっぱ抜いたようです。真偽のほどは別として、もしこれが本当だとしたらと、また僕の妄想が膨らむわけです。
おいおっさん、いい加減にしろよ
無視しましょう。で、興味深いのが、「不公平だ」という言葉の真意です。取り方によればそれは、「俺だけじゃないだろう」ともとれます。だとしたら、大変なことな訳です。なにしろ放っておいたら、他の共産党幹部たちにも飛び火しかねないわけですから。大騒ぎになるのもわかろうというものです。でも僕は、この言葉には他の意味の可能性もあるんじゃないかと、邪推したわけです。
酔っ払ってるだけじゃねーのか?
はい、鼻からウィスキーが零れ出そうなほどに、酔っ払っています。話を続けましょう。僕が思ったのは、この言葉は中国の裁判のあり方に対する批判じゃないのか、ということです。つまり、一方的に権力者側の意見だけを聞き入れ、その権力者の邪魔になる人間の意見は無視をする。それを指して不公平といったんじゃないかと。一説によると、この薄被告は共産党の権力争いに敗れたと言われていますから、あながち的外れでもないような気がするのです。それにもし口封じをしたいのなら、死刑にしない意味がよくわかりません。
この先どういう展開になるのか、目が離せませんね
ところで、目が離せないと言えば、これもそうです。そう、あのジャンケン大会です。青春のすべてを賭けて戦う乙女のマロン。なんと素敵なことでしょう。それだけでも十分素敵なのに、もっと素敵なニュースが舞い込んできました。
じゃんけん大会“ヤラセ説”一蹴 秋元才加「本当にガチの勝負」
いったい誰なんでしょう、この熱くも美しい戦いにケチを付けたのは。とても残念でなりません。そういう人たちは、改めてこの言葉を読んで、反省していただきたい。
本当にガチの勝負。勝ちたいって気持ちがこうやって叶うんだなって
お、おい……他に頑張ることがあるんじゃねーのか……勝ちたいって気持ちが、って、その気持ちがあるなら、ジャンケンじゃなくて、もっと他の――
おおっっと、つい本音が漏れてしまいました
でも、AKBファンの方々には内緒ですよ。殺されかねませんからね。もちろん、僕の娘にも内緒でお願いします。
2013年9月20日金曜日
全然関係ない話ですが、表紙を変えました
拙著「除妖師」の表紙を変更しました。理由は、値下げしたにも拘わらず、
ちっとも売れない
からです。実はこの作品には非常に思い入れがあって、今のお寒い状況をどうしても放っておくわけにはいかなかったのです。
その思い入れとは――
元気です
科学技術が発展し、コミュニケーションの環境が驚くほど整備され、もう何も言うことがないように思えますが、本当にそうなのでしょうか? なんだかみんな疲れてしまって、元気がないように思えるのです。
おい、お前が一番元気なさそうに見えるぞ……
そのとーりです。もう、まるで元気がないのです。そこで僕は考えました。元気の出る小説は書けないものか、と。いろいろ考えたあげく、それは常識から乖離していて、でももしかしたら、実際にあってもおかしくないファンタジーに違いない。そういう結論に達しました。しかもそれは、徹底的に明るくなきゃならない。そこで僕は、ある方法を考えました。それは、
酒を飲んで書く
ということです。妄想が極限まで膨らみ、空でも飛べそうな気分で書けば、根暗な僕でも夢のある物語が綴れるんじゃないかと。決して、好きで毎日酒を飲んでるわけじゃありません。小説のためなのです。
うそつけ……
はい、申し訳ございません。完全にうそをついてしまいました。ただ、朝書くのをやめて夜に集中したのは事実です。もちろん毎日酩酊状態です。だからしょうがないのです。多少の誤字脱字も。だって酔っ払ってんですから。
多少じゃねーよ
そうでした。ということで、新しい表紙をご紹介しましょう。ついさっき酒を飲みながら一時間もかけて作成した大作です。小細工はやめて、シンプル&ポップでまとめてみました。これで売り上げも百倍くらいになることでしょう。明日からが楽しみです。ちなみにアマゾンで更新されるのは明朝あたりになるかと思います。でわ。
【後日談】
売上カウンターを見て、凍り付いています。カウンターが壊れてしまったのでしょうか? ちっとも動きません……
いいんです。もう慣れていますから。打たれ強くなったどころか、パンチドランカーになってしまいました。
ちっとも売れない
からです。実はこの作品には非常に思い入れがあって、今のお寒い状況をどうしても放っておくわけにはいかなかったのです。
その思い入れとは――
元気です
科学技術が発展し、コミュニケーションの環境が驚くほど整備され、もう何も言うことがないように思えますが、本当にそうなのでしょうか? なんだかみんな疲れてしまって、元気がないように思えるのです。
おい、お前が一番元気なさそうに見えるぞ……
そのとーりです。もう、まるで元気がないのです。そこで僕は考えました。元気の出る小説は書けないものか、と。いろいろ考えたあげく、それは常識から乖離していて、でももしかしたら、実際にあってもおかしくないファンタジーに違いない。そういう結論に達しました。しかもそれは、徹底的に明るくなきゃならない。そこで僕は、ある方法を考えました。それは、
酒を飲んで書く
ということです。妄想が極限まで膨らみ、空でも飛べそうな気分で書けば、根暗な僕でも夢のある物語が綴れるんじゃないかと。決して、好きで毎日酒を飲んでるわけじゃありません。小説のためなのです。
うそつけ……
はい、申し訳ございません。完全にうそをついてしまいました。ただ、朝書くのをやめて夜に集中したのは事実です。もちろん毎日酩酊状態です。だからしょうがないのです。多少の誤字脱字も。だって酔っ払ってんですから。
多少じゃねーよ
そうでした。ということで、新しい表紙をご紹介しましょう。ついさっき酒を飲みながら一時間もかけて作成した大作です。小細工はやめて、シンプル&ポップでまとめてみました。これで売り上げも百倍くらいになることでしょう。明日からが楽しみです。ちなみにアマゾンで更新されるのは明朝あたりになるかと思います。でわ。
【後日談】
売上カウンターを見て、凍り付いています。カウンターが壊れてしまったのでしょうか? ちっとも動きません……
いいんです。もう慣れていますから。打たれ強くなったどころか、パンチドランカーになってしまいました。
法人税の引き下げについての、サルの戯言
やけにお月さんが綺麗だな、と思っていたら、どうやら中秋の名月だったようですね。暦に疎い僕は、さっぱり気づきませんでした。
さて今日のお話は、法人税の引き下げに関してです。
おい……
ご心配も、もっとも。サルに語れる話じゃないことは、重々承知。でも、やめません。
さて、いよいよ消費税の引き上げがほぼ確定し、それに呼応して、法人税の引き下げが濃厚になってきました。素晴らしいことです。これで企業の懐も温かくなり、皆さんの給料もばっちり増えることでしょう。――ということで、今日はお終い。
では、ちっとも面白くありませんね。しょうがないので、無理やり話しを歪曲させましょう。さて、法人税の引き下げで、本当に給料はばっちり上がるのでしょうか?
わかりません、そんなこと。僕に訊くだけ無駄というものです。
ふざけんな、ぼけっ
どこからか、罵声が聞こえてきました。しょうがないので、少しだけ無い知恵を絞ってみます。
ご存じのように、皆さんの給料は人件費――つまり経費です。経費には税金がかかりません。だから給料をたくさん払えば払うほど、企業が負担する税金の額は減るのです。もちろんその分、利益も減ります。でもその減り方は、税率が高ければ高いほど少ないのです。
おかしーじゃねーか
はい、おかしいですね。企業にとっては、税率が高いほうが、給料をたくさん払う価値があるわけです。わかりにくければ、極端な例で説明させていただきましょう。例えば会社の利益に対する税率が100%だったとしましょう。そうすると、利益はぜーんぶ税金で持っていかれます。あなたが経営者だったらどうします? 僕だったら、利益の分をぜーんぶ社員に給料として支払います。当たり前ですね、どっちにしても、会社に残る利益は同じ(ゼロ)なんですから。
じゃあ、なんで法人税を下げるんだよ?
勘違いしてるんですね。あるいは、勘違いさせているわけです。法人税を下げれば企業の業績が上向いて、給料も増えて、景気も上向く、と。
嘘です
けっきょく誰が得をするのか? 答えは簡単。お金持ちです。法人税を下げれば、当然企業の利益は増えます。そのおかげでハワイ旅行を満喫できるのは、残念ながら、しがないサラリーマンである皆さんではありません。
おい、失礼だろう!
はい、たいへん失礼いたしました。で、話を続けます。ハワイでビキニの女性を眺めてニヤニヤできるのは、資本家であり、あるいは成功報酬で懐の温まる一部の役員連中だけなのです。会社の利益が出れば出るほど儲かる彼らが、仮に税率が下がったとして、社員への給料を増やす理由は、かのアインシュタインでさえ見つけるのは困難でしょう。
これ以上書くとわが身も危なくなりそうなので、もう終わりにしたいと思いますが、それにしても困ったものです。
収入がなければ所得税を払う必要もない。ここのところ本の売れ行きもさっぱりで、僕にとっては税率なんて、実はどうでもいいことなのです。税率が上がろうが下がろうが、
何も変わりませんから
【追記(9月29日)】
法人税引き下げの概要が明らかになってきました。大枠としては、
1.設備投資減税
2.賃金増に対する減税の対象枠の拡大
一見、おー、っと思いますね。これで給料もばっちりアップなのか?
いえ、とても残念です
2は、”賃金を3%上げれば、増やした分の1/10を減税する”というもので、企業にとって食指の動くものとは、とても思えません。それよりも、経営者は1の設備投資減税に目がいくでしょう。詳細はまだ明らかになっていませんが、例えば従来なら5年かけて償却する設備投資を一括で経費算入できるとなると、これはインパクト大です。儲かっているときなら、「どうせ税金で持っていかれるなら今のうちに設備を増強――」という気にもなろうというものです。給料を上げるよりも設備投資が先決、となりかねません。まあそれでも、景気高揚効果はありそうです。なにしろ設備投資をすれば、何らかの需要が発生するわけですから。でも、皆さんの給料は、きっと変わらないでしょう……結局得をするのは、
大株主を始めとした資本家
なのです。たぶん、きっと……
さて今日のお話は、法人税の引き下げに関してです。
おい……
ご心配も、もっとも。サルに語れる話じゃないことは、重々承知。でも、やめません。
さて、いよいよ消費税の引き上げがほぼ確定し、それに呼応して、法人税の引き下げが濃厚になってきました。素晴らしいことです。これで企業の懐も温かくなり、皆さんの給料もばっちり増えることでしょう。――ということで、今日はお終い。
では、ちっとも面白くありませんね。しょうがないので、無理やり話しを歪曲させましょう。さて、法人税の引き下げで、本当に給料はばっちり上がるのでしょうか?
わかりません、そんなこと。僕に訊くだけ無駄というものです。
ふざけんな、ぼけっ
どこからか、罵声が聞こえてきました。しょうがないので、少しだけ無い知恵を絞ってみます。
ご存じのように、皆さんの給料は人件費――つまり経費です。経費には税金がかかりません。だから給料をたくさん払えば払うほど、企業が負担する税金の額は減るのです。もちろんその分、利益も減ります。でもその減り方は、税率が高ければ高いほど少ないのです。
おかしーじゃねーか
はい、おかしいですね。企業にとっては、税率が高いほうが、給料をたくさん払う価値があるわけです。わかりにくければ、極端な例で説明させていただきましょう。例えば会社の利益に対する税率が100%だったとしましょう。そうすると、利益はぜーんぶ税金で持っていかれます。あなたが経営者だったらどうします? 僕だったら、利益の分をぜーんぶ社員に給料として支払います。当たり前ですね、どっちにしても、会社に残る利益は同じ(ゼロ)なんですから。
じゃあ、なんで法人税を下げるんだよ?
勘違いしてるんですね。あるいは、勘違いさせているわけです。法人税を下げれば企業の業績が上向いて、給料も増えて、景気も上向く、と。
嘘です
けっきょく誰が得をするのか? 答えは簡単。お金持ちです。法人税を下げれば、当然企業の利益は増えます。そのおかげでハワイ旅行を満喫できるのは、残念ながら、しがないサラリーマンである皆さんではありません。
おい、失礼だろう!
はい、たいへん失礼いたしました。で、話を続けます。ハワイでビキニの女性を眺めてニヤニヤできるのは、資本家であり、あるいは成功報酬で懐の温まる一部の役員連中だけなのです。会社の利益が出れば出るほど儲かる彼らが、仮に税率が下がったとして、社員への給料を増やす理由は、かのアインシュタインでさえ見つけるのは困難でしょう。
これ以上書くとわが身も危なくなりそうなので、もう終わりにしたいと思いますが、それにしても困ったものです。
収入がなければ所得税を払う必要もない。ここのところ本の売れ行きもさっぱりで、僕にとっては税率なんて、実はどうでもいいことなのです。税率が上がろうが下がろうが、
何も変わりませんから
【追記(9月29日)】
法人税引き下げの概要が明らかになってきました。大枠としては、
1.設備投資減税
2.賃金増に対する減税の対象枠の拡大
一見、おー、っと思いますね。これで給料もばっちりアップなのか?
いえ、とても残念です
2は、”賃金を3%上げれば、増やした分の1/10を減税する”というもので、企業にとって食指の動くものとは、とても思えません。それよりも、経営者は1の設備投資減税に目がいくでしょう。詳細はまだ明らかになっていませんが、例えば従来なら5年かけて償却する設備投資を一括で経費算入できるとなると、これはインパクト大です。儲かっているときなら、「どうせ税金で持っていかれるなら今のうちに設備を増強――」という気にもなろうというものです。給料を上げるよりも設備投資が先決、となりかねません。まあそれでも、景気高揚効果はありそうです。なにしろ設備投資をすれば、何らかの需要が発生するわけですから。でも、皆さんの給料は、きっと変わらないでしょう……結局得をするのは、
大株主を始めとした資本家
なのです。たぶん、きっと……
2013年9月17日火曜日
素敵なニュースに感動しました
あいかわらず小説の売り上げはさっぱりですが、ブログのアクセス数がそこそこ伸びて、複雑な心境の今日この頃です。
さて、先日、感動的なニュースが世間を賑わせました。
濁流飛び込み、男児救出=中国人留学生、とっさに―大阪
中国人留学生が溺れていた小学生を助けたという話です。しかも台風の影響で増水した、濁流でうねる川に飛び込んでです。とても出来ることじゃありません。というか、ほとんど自殺行為に近いでしょう。このニュースを見て色々と思うことのあった人も多いと思いますが、小生もその一人です。
極力、政治的な話題には触れないことにしている小生ですが、今日は右足のつま先だけ、ほんの少しそこにさわってみたいと思います。
さて、小生のように長く生きてきたじいさんにとっては、今の両国、つまり日本と中国とのぎくしゃくした関係が、不思議でならないのです。かつてはお互いをリスペクトし合い、それぞれの発展を心から願っていたあの両国が、どうしてこうなってしまったのでしょうか?
もちろんその理由は、皆さんもよくご存じのとおりです。えっ、知らない?
とても残念です……
でも、心配なさることはありません。なにしろ、うちのバカ家族もいっさい知りませんから。
さて話を戻しましょう。両国の関係が悪化した理由として一般的に言われているのが、24年前に起こったあの事件です。そう、”てんあんもん”事件です。あの事件以来、民衆の暴動を恐れた中国政府は反日教育を徹底し、民衆の不満の矛先を内政から日本へ向けようとしたと言われています。いわゆるガス抜きってやつですね。その結果、ちょうどその頃教育を受けた子供たちが青年になり、日本に対する憤懣を露わにして、諸々の問題を起こしているというわけです。なるほどっ!とつい納得してしまいそうになりますが、ほんとうにそうなんでしょうか?
僕は違うと思います
たしかに反日感情を持っている人たちはいます。でもそうじゃない人たちもたくさんいるのです。じゃあなぜここまで? もしかすると、
問題は、僕たち日本人にあるんじゃないでしょうか?
どの国にも良い人もいれば悪人もいるでしょう。中国にしても同じに違いありません。ところが、邪心を持った一部の中国人たちの言動に過剰に反応し、その人たちと同じ土俵に乗って心ない発言や行動をしてしまう、そんな日本人がずいぶんと増えてしまったような気がします。
とても悲しいことです
邪悪な人たちの挑発に乗って愚劣な言動に走る――まさに飛んで火に入る夏の虫。まんまと悪意ある連中の罠に嵌っているようなものです。
そこでもう一度、あの素敵な記事の出番です。ここで皆さんに問いかけたい。仮にあなたが中国にいたとして、黄河の濁流にのまれている子供を見たとき、川に飛び込めますか?
僕は、ノーです
田舎にいた幼少時代はカッパと称された僕でさえ、とてもそんな勇気はありません。それをやってのけた中国人青年。素晴らしいではないですか。そして、皆で感謝と、尊敬の念を送ろうじゃないですか。実は今日、僕が言いたかったのは、このことなのです。
アラを見つけて罵声を浴びせるよりも、良いところを見つけて賛辞を送ろうよ。でも、同じことを相手から期待するのはやめようね。
きっと相手も変わります。いや、そう思っている人たちがきっと彼らの周りを変えてくれます。そう思える優しさこそが、世界に誇れる、
日本人の美徳
だと思うのです。
さて、先日、感動的なニュースが世間を賑わせました。
濁流飛び込み、男児救出=中国人留学生、とっさに―大阪
中国人留学生が溺れていた小学生を助けたという話です。しかも台風の影響で増水した、濁流でうねる川に飛び込んでです。とても出来ることじゃありません。というか、ほとんど自殺行為に近いでしょう。このニュースを見て色々と思うことのあった人も多いと思いますが、小生もその一人です。
極力、政治的な話題には触れないことにしている小生ですが、今日は右足のつま先だけ、ほんの少しそこにさわってみたいと思います。
さて、小生のように長く生きてきたじいさんにとっては、今の両国、つまり日本と中国とのぎくしゃくした関係が、不思議でならないのです。かつてはお互いをリスペクトし合い、それぞれの発展を心から願っていたあの両国が、どうしてこうなってしまったのでしょうか?
もちろんその理由は、皆さんもよくご存じのとおりです。えっ、知らない?
とても残念です……
でも、心配なさることはありません。なにしろ、うちのバカ家族もいっさい知りませんから。
さて話を戻しましょう。両国の関係が悪化した理由として一般的に言われているのが、24年前に起こったあの事件です。そう、”てんあんもん”事件です。あの事件以来、民衆の暴動を恐れた中国政府は反日教育を徹底し、民衆の不満の矛先を内政から日本へ向けようとしたと言われています。いわゆるガス抜きってやつですね。その結果、ちょうどその頃教育を受けた子供たちが青年になり、日本に対する憤懣を露わにして、諸々の問題を起こしているというわけです。なるほどっ!とつい納得してしまいそうになりますが、ほんとうにそうなんでしょうか?
僕は違うと思います
たしかに反日感情を持っている人たちはいます。でもそうじゃない人たちもたくさんいるのです。じゃあなぜここまで? もしかすると、
問題は、僕たち日本人にあるんじゃないでしょうか?
どの国にも良い人もいれば悪人もいるでしょう。中国にしても同じに違いありません。ところが、邪心を持った一部の中国人たちの言動に過剰に反応し、その人たちと同じ土俵に乗って心ない発言や行動をしてしまう、そんな日本人がずいぶんと増えてしまったような気がします。
とても悲しいことです
邪悪な人たちの挑発に乗って愚劣な言動に走る――まさに飛んで火に入る夏の虫。まんまと悪意ある連中の罠に嵌っているようなものです。
そこでもう一度、あの素敵な記事の出番です。ここで皆さんに問いかけたい。仮にあなたが中国にいたとして、黄河の濁流にのまれている子供を見たとき、川に飛び込めますか?
僕は、ノーです
田舎にいた幼少時代はカッパと称された僕でさえ、とてもそんな勇気はありません。それをやってのけた中国人青年。素晴らしいではないですか。そして、皆で感謝と、尊敬の念を送ろうじゃないですか。実は今日、僕が言いたかったのは、このことなのです。
アラを見つけて罵声を浴びせるよりも、良いところを見つけて賛辞を送ろうよ。でも、同じことを相手から期待するのはやめようね。
きっと相手も変わります。いや、そう思っている人たちがきっと彼らの周りを変えてくれます。そう思える優しさこそが、世界に誇れる、
日本人の美徳
だと思うのです。
2013年9月16日月曜日
台風が過ぎ去りました
血に飢えた獣の咆哮の如く響き渡る、天の叫び。木々をなぎ倒し、大地を溢れる涙で覆い尽くさん――
とうとう狂っちまったか……
詩心の理解できないバカはほうっておいて、今日は、台風のお話です。台風一過、のはずが、なぜかここ横浜では暴風が吹き荒れています。いったいどうしたことでしょう?
ところで、台風と言えば、やっぱり甘酸っぱいロマンですね。
不謹慎だろうが
まあ話は最後まで聞いてください。僕の生まれ育った山口県は、毎年のように台風の直撃する、まさに、台風銀座でした。そして幼い僕にとって台風は、恐ろしくもあり、それでいて、とても心弾む存在でもあったのです。
台風が近づくと、窓という窓に板を当てて釘で打ち付けます。ドアにもX印に棒を組み、やはりこれも釘で打ち付けます。完全なる密室のできあがりというわけです。そしていよいよ台風がやってくると、おきまりのように停電するのです。よしきた!とばかりに僕は暗闇の中を手探りであれを見つけます。そう、懐中電灯です。でもそれは、ただの懐中電灯ではありません。この日のために一生懸命こしらえた、手作りの懐中電灯なのです。
きたよ……今度は貧乏自慢かよ――
バカはほっときましょう。で、どうして手作りの懐中電灯なのか? それを説明するには、当時の世相から語らなければなりません。当時は、特に地方は、一家の主である父親が絶対的な権力を持っていて、誰にも逆らうことができない存在でした。そういう家庭にあって、子供たちは、父親に対して密かにライバル心を燃やしていたのです。絶大なるが故に沸々と沸き起こる闘争本能、とでも言いましょうか。でも腕力ではとてもかないません。そこで懐中電灯の出番なのです。
電池を二本直流につないで、そこから這わせたリード線を豆電球にくっつけ、最後にそれを厚めの段ボールでくるむだけ。サルにでもできそうな代物ですが、当時はこれでも、ハイテクガジェットだったのです。
そしていよいよその出番がやってきます。蝋燭の灯す薄暗い部屋で、台風が過ぎ去るのを身を縮めて待つ両親。そこにさっそうと僕が登場するわけです。後はもうおわかりですね。おーっという父親の嘆声。まあっ、と驚く母親の顔。その瞬間、僕はそれまでの僕ではなく、ウルトラマンにも匹敵するヒーローになるのです。
昔っから病気だったんじゃねえのか?
男のロマンが理解できないバカは無視しましょう。
さて、あの頃からすっかり世相は変わってしまいました。父親の権力は東電の株価のように暴落し、逆に子供は、水を得た魚のようにのびのびと羽を伸ばしています。でもそれが悪いとは、ちっとも思いません。かといって、昔が悪かったとも思いません。要は環境じゃなくて、気の持ちようなんじゃないかと。
澱んだ海にも逞しい魚は育ちますし、澄んだ川にも生きていけない魚がいます。じゃあ、どっちが幸せなのか? 答えはわかりません。敢えて言うならば、それを決めるのは環境じゃなくて、そこに生きるあなた自身なのではないでしょうか。
自分に酔ってんじゃねーよ
大変失礼いたしました。何やらNHKラジオの”宗教の時間”みたいになってしまいましたね。
ところで、大変困ったことになりました。新作の執筆が遅々として捗らず、とても公約した日に間に合いそうもありません。でもしょうがないんです。仕事は忙しいし、あれもしなきゃなんないし、これもしなきゃなんない。とても落ち着いて小説を書ける環境じゃないんです。
おめーが一番ダメじゃねーかよ
へっ?
とうとう狂っちまったか……
詩心の理解できないバカはほうっておいて、今日は、台風のお話です。台風一過、のはずが、なぜかここ横浜では暴風が吹き荒れています。いったいどうしたことでしょう?
ところで、台風と言えば、やっぱり甘酸っぱいロマンですね。
不謹慎だろうが
まあ話は最後まで聞いてください。僕の生まれ育った山口県は、毎年のように台風の直撃する、まさに、台風銀座でした。そして幼い僕にとって台風は、恐ろしくもあり、それでいて、とても心弾む存在でもあったのです。
台風が近づくと、窓という窓に板を当てて釘で打ち付けます。ドアにもX印に棒を組み、やはりこれも釘で打ち付けます。完全なる密室のできあがりというわけです。そしていよいよ台風がやってくると、おきまりのように停電するのです。よしきた!とばかりに僕は暗闇の中を手探りであれを見つけます。そう、懐中電灯です。でもそれは、ただの懐中電灯ではありません。この日のために一生懸命こしらえた、手作りの懐中電灯なのです。
きたよ……今度は貧乏自慢かよ――
バカはほっときましょう。で、どうして手作りの懐中電灯なのか? それを説明するには、当時の世相から語らなければなりません。当時は、特に地方は、一家の主である父親が絶対的な権力を持っていて、誰にも逆らうことができない存在でした。そういう家庭にあって、子供たちは、父親に対して密かにライバル心を燃やしていたのです。絶大なるが故に沸々と沸き起こる闘争本能、とでも言いましょうか。でも腕力ではとてもかないません。そこで懐中電灯の出番なのです。
電池を二本直流につないで、そこから這わせたリード線を豆電球にくっつけ、最後にそれを厚めの段ボールでくるむだけ。サルにでもできそうな代物ですが、当時はこれでも、ハイテクガジェットだったのです。
そしていよいよその出番がやってきます。蝋燭の灯す薄暗い部屋で、台風が過ぎ去るのを身を縮めて待つ両親。そこにさっそうと僕が登場するわけです。後はもうおわかりですね。おーっという父親の嘆声。まあっ、と驚く母親の顔。その瞬間、僕はそれまでの僕ではなく、ウルトラマンにも匹敵するヒーローになるのです。
昔っから病気だったんじゃねえのか?
男のロマンが理解できないバカは無視しましょう。
さて、あの頃からすっかり世相は変わってしまいました。父親の権力は東電の株価のように暴落し、逆に子供は、水を得た魚のようにのびのびと羽を伸ばしています。でもそれが悪いとは、ちっとも思いません。かといって、昔が悪かったとも思いません。要は環境じゃなくて、気の持ちようなんじゃないかと。
澱んだ海にも逞しい魚は育ちますし、澄んだ川にも生きていけない魚がいます。じゃあ、どっちが幸せなのか? 答えはわかりません。敢えて言うならば、それを決めるのは環境じゃなくて、そこに生きるあなた自身なのではないでしょうか。
自分に酔ってんじゃねーよ
大変失礼いたしました。何やらNHKラジオの”宗教の時間”みたいになってしまいましたね。
ところで、大変困ったことになりました。新作の執筆が遅々として捗らず、とても公約した日に間に合いそうもありません。でもしょうがないんです。仕事は忙しいし、あれもしなきゃなんないし、これもしなきゃなんない。とても落ち着いて小説を書ける環境じゃないんです。
おめーが一番ダメじゃねーかよ
へっ?
2013年9月15日日曜日
音楽を聴きながら思う、美意識の不思議
久しぶりに喜多郎さんのシルクロードを聴いて、すっかり心が洗われてしまった如月です。
ということで、今日は音楽について戯れ言を少し。
じつは長い間ずーっと不思議に思っていたことがあります。
どうして人は音楽に惹かれるのだろう?
素敵な曲を聴くと、なんて美しいんだろうと感動し、心に染み入る歌詞に思わず涙を流す。僕には不思議でならないんです。音楽なんて結局はただの音に過ぎないし、食べ物なんかと違って、それが直接僕らの肉体に恩恵をもたらすわけでもないし――。じゃあなぜ?
一時期僕はそれを経験と結びつけて、無理やり自分を納得させていました。そう、あのパブロフの犬です。ある種の音楽を聴いて良いことがあったり、或いは逆に、良いことがあったときにある種の曲を聴いたりします。するとそれを繰り返すうちに、それと似た音楽を聴くと、ある種の酵素が分泌され、気持ちをハイテンションにしたり、或いは落ち着かせたり、はたまた深い感動を沸き上がらせたりするわけです。
そう考えると、もしかすると美男美女を美男美女と思う理由も同じなのかもしれません。ドラマやアニメのヒーローやヒロイン、それが美男美女であり、悪役や卑劣な役どころに共通する容姿が、すなわち醜男醜女。つまり僕たちの美意識というものは生まれ持ったものではなくて、後天的に、経験の中で培われてきたものなんですね。
本当かよ、おい
黙ってろボケッ、とは今日は言いません。なにしろ僕もそのことに疑問に思っているのですから。
お子様のいらっしゃる方には、きっと経験があるに違いありません。幼い子供を笑わせるときに、両手で目尻を引っぱってひょっとこのような顔をしますよね。あるいは鼻の頭を持ち上げて豚のような顔を作ってみせます。たいていの子供は笑います。それでも笑わない子供は、まあ、よっぽどのひねくれ者でしょう。
将来がとても心配です
逆もしかりで、おいたをしたときには、眉間に皺を寄せ、鬼のような表情をつくってみせます。たいていの子供はそれを見て泣き、二度と同じ過ちは犯さなくなります。えっ、何度やってもやめない?
とても残念です
でも守ってあげるのは、親しかいません。温かく見守ってあげてください。
で、なにが言いたいかと言いますと、ドラマやアニメの甘いマスクが僕らの美意識を培ったんじゃなくて、もともと生まれながらにそう思っていることを、ドラマやアニメで表現しただけじゃないのか、と。
だから、もしかすると美しい音楽もそうじゃないのかと、つい思ってしまうのです。
もしそうだとすると、僕らの遺伝子の中には、遙か太古から受け継がれてきた美意識というものが、どこかにひっそりと隠されていることになります。
だったらどうなんだよ――
もちろん、今日も答えはありません。そもそも、そんな難しいことを僕に訊くだけ無駄というものです。なにしろ今日も、ビールをチェイサーにウィスキーを飲んだくれている、
ただの酔っ払いですから
ということで、今日は音楽について戯れ言を少し。
じつは長い間ずーっと不思議に思っていたことがあります。
どうして人は音楽に惹かれるのだろう?
素敵な曲を聴くと、なんて美しいんだろうと感動し、心に染み入る歌詞に思わず涙を流す。僕には不思議でならないんです。音楽なんて結局はただの音に過ぎないし、食べ物なんかと違って、それが直接僕らの肉体に恩恵をもたらすわけでもないし――。じゃあなぜ?
一時期僕はそれを経験と結びつけて、無理やり自分を納得させていました。そう、あのパブロフの犬です。ある種の音楽を聴いて良いことがあったり、或いは逆に、良いことがあったときにある種の曲を聴いたりします。するとそれを繰り返すうちに、それと似た音楽を聴くと、ある種の酵素が分泌され、気持ちをハイテンションにしたり、或いは落ち着かせたり、はたまた深い感動を沸き上がらせたりするわけです。
そう考えると、もしかすると美男美女を美男美女と思う理由も同じなのかもしれません。ドラマやアニメのヒーローやヒロイン、それが美男美女であり、悪役や卑劣な役どころに共通する容姿が、すなわち醜男醜女。つまり僕たちの美意識というものは生まれ持ったものではなくて、後天的に、経験の中で培われてきたものなんですね。
本当かよ、おい
黙ってろボケッ、とは今日は言いません。なにしろ僕もそのことに疑問に思っているのですから。
お子様のいらっしゃる方には、きっと経験があるに違いありません。幼い子供を笑わせるときに、両手で目尻を引っぱってひょっとこのような顔をしますよね。あるいは鼻の頭を持ち上げて豚のような顔を作ってみせます。たいていの子供は笑います。それでも笑わない子供は、まあ、よっぽどのひねくれ者でしょう。
将来がとても心配です
逆もしかりで、おいたをしたときには、眉間に皺を寄せ、鬼のような表情をつくってみせます。たいていの子供はそれを見て泣き、二度と同じ過ちは犯さなくなります。えっ、何度やってもやめない?
とても残念です
でも守ってあげるのは、親しかいません。温かく見守ってあげてください。
で、なにが言いたいかと言いますと、ドラマやアニメの甘いマスクが僕らの美意識を培ったんじゃなくて、もともと生まれながらにそう思っていることを、ドラマやアニメで表現しただけじゃないのか、と。
だから、もしかすると美しい音楽もそうじゃないのかと、つい思ってしまうのです。
もしそうだとすると、僕らの遺伝子の中には、遙か太古から受け継がれてきた美意識というものが、どこかにひっそりと隠されていることになります。
だったらどうなんだよ――
もちろん、今日も答えはありません。そもそも、そんな難しいことを僕に訊くだけ無駄というものです。なにしろ今日も、ビールをチェイサーにウィスキーを飲んだくれている、
ただの酔っ払いですから
2013年9月13日金曜日
神話に隠された、ちょっと面白い話
世間がiPhoneで盛り上がっている中、スマホからガラケーに戻そうかと真剣に悩んでいる、ガラパゴス野郎の如月です。
さて今日は神話にまつわる、ちょっと面白い話を。その神話というのは、あの有名なギルガメシュ叙事詩っていうやつです。古代シュメール遺跡から発見された神話なわけですが、その物語の主人公であるギルガメシュが、とても興味深いんです。
『ウルクの城に生まれたギルガメシュは、神々の恵みを受け立派に成長して王となるが、国民に乱暴を働くようにる。それに困った人々に救いを求められた神々が、ギルガメシュのライバルとしてエンキドゥを創造する。
最初二人は対決し闘うが、やがて二人は無二の親友となり、さらには怪物退治をして国の英雄となった。
その後ギルガメシュは女神イシュタルに誘惑されるもそれを断り、怒ったイシュタルは、巨大な天牛を差し向ける。二人は力を合わせてこれを退治するも、その呪いのせいか、エンキドゥが病に倒れ、衰弱して死んでしまう。ギルガメシュは親友の死を悲しみ、死を恐れるようなり、そしてついには不死を求めて旅に出た』
要するに、人間離れした力を有しながらも寿命に限りある彼が、(神のような)永遠の命を求めて冒険をする物語です。
ちっとも面白くねーじゃねーか
最後まで話を聞いてください。ものには順番というものがあって――
早くしろよ、ぼけっ
わ、わかりました。実は面白いのは物語そのものではなく、ギルガメシュの生い立ちなのです。叙事詩によれば、彼は母親が神で、父親が人間となっています。ところが一方では、三分の二が神で三分の一が人間、という記述もあるのです。どうでもいいことかもしれませんが、とても引っかかるのです。ハーフなら、両方とも二分の一だろうが、と。そこで遺伝子の出番なわけです。
大丈夫かよ、おっさん……
黙ってろ、タコ野郎。で、遺伝子なんですが、それを構成するのはDNAです。皆さんも学校で習った、いわゆる二重ラセン構造ってやつです。でも、実はこのDNAには二種類の、まったく異なるものが存在します。一つが核DNA。これがメインのやつで、一般にDNAというと、こいつを指します。そしてもう一つが、ミトコンドリアDNA。そう、かの有名な小説、パラサイト・イヴに出てくる、あいつです。
もう頭のいい読者はおわかりですね
わからない? それは残念です。でも心配なさることはありません。景気も上向きだと聞いています。多少頭が悪くたって、何とか生きていける世の中になるんじゃないでしょうか。
で答えですが、子供が受け継ぐ遺伝子には3つあって、1つが父親の核DNA、1つが母親の核DNA、そして最後が母親のミトコンドリアDNAなわけです。だから、父親から受け継ぐのが三分の一、母親から受け継ぐのが三分の二。神話の話にピッタリ合致しますね。
ここからは百パーセント、僕の推測です。
寿命を決める因子は核DNAの中にあって、彼は神と人間の中間を受け継いだのでしょう。不老不死ではないけれど、それなりに長生き。でもパワーは桁違い。なにしろ神である母親のミトコンドリアDNA――つまりスーパーチャージャーつきハイパワーエンジンを得たわけですから。
これですべてのつじつまが合いましたね。
無理やりじゃねえかよ――
悲しいですね、夢を見れないバカヤロウって。
と言うことで、最後に少し宣伝を。僕の小説のいくつかは、このような夢のある神話を題材にしています。それは以下の3作品です。
【聞かせてくれ、命の調べを】
【優しい悪魔】
【出来損ないの天使】
但し断っておきますと、神話には確かに夢がありますが、僕の作品に夢があるかどうかは、保証しかねます。もちろんクレームは受け付けますが、
消費者庁にはタレこまないでくださいね
さて今日は神話にまつわる、ちょっと面白い話を。その神話というのは、あの有名なギルガメシュ叙事詩っていうやつです。古代シュメール遺跡から発見された神話なわけですが、その物語の主人公であるギルガメシュが、とても興味深いんです。
『ウルクの城に生まれたギルガメシュは、神々の恵みを受け立派に成長して王となるが、国民に乱暴を働くようにる。それに困った人々に救いを求められた神々が、ギルガメシュのライバルとしてエンキドゥを創造する。
最初二人は対決し闘うが、やがて二人は無二の親友となり、さらには怪物退治をして国の英雄となった。
その後ギルガメシュは女神イシュタルに誘惑されるもそれを断り、怒ったイシュタルは、巨大な天牛を差し向ける。二人は力を合わせてこれを退治するも、その呪いのせいか、エンキドゥが病に倒れ、衰弱して死んでしまう。ギルガメシュは親友の死を悲しみ、死を恐れるようなり、そしてついには不死を求めて旅に出た』
ちっとも面白くねーじゃねーか
最後まで話を聞いてください。ものには順番というものがあって――
早くしろよ、ぼけっ
わ、わかりました。実は面白いのは物語そのものではなく、ギルガメシュの生い立ちなのです。叙事詩によれば、彼は母親が神で、父親が人間となっています。ところが一方では、三分の二が神で三分の一が人間、という記述もあるのです。どうでもいいことかもしれませんが、とても引っかかるのです。ハーフなら、両方とも二分の一だろうが、と。そこで遺伝子の出番なわけです。
大丈夫かよ、おっさん……
黙ってろ、タコ野郎。で、遺伝子なんですが、それを構成するのはDNAです。皆さんも学校で習った、いわゆる二重ラセン構造ってやつです。でも、実はこのDNAには二種類の、まったく異なるものが存在します。一つが核DNA。これがメインのやつで、一般にDNAというと、こいつを指します。そしてもう一つが、ミトコンドリアDNA。そう、かの有名な小説、パラサイト・イヴに出てくる、あいつです。
では、それぞれの役割はというと、核DNAの方は人間の基本的な動作をつかさどます。その一方でミトコンドリアは、細胞が活動するためのエネルギーを生成しているんです。たとえて言えば、人間の中の発電所のようなものです。まあいずれにしても脇役的な存在には違いなく、まるで僕の人生を転写したような――
おめーの話なんて聞いてねえよ
大変失礼いたしました。話を戻します。
で、面白いのが、その遺伝の仕組みなんです。核DNAは両親から受け継ぎますが、実は、ミトコンドリアDNAは母親からしか受け継がないんです。パパのミトコンドリアDNAは完全に無視されてしまうわけです。と、
もう頭のいい読者はおわかりですね
わからない? それは残念です。でも心配なさることはありません。景気も上向きだと聞いています。多少頭が悪くたって、何とか生きていける世の中になるんじゃないでしょうか。
で答えですが、子供が受け継ぐ遺伝子には3つあって、1つが父親の核DNA、1つが母親の核DNA、そして最後が母親のミトコンドリアDNAなわけです。だから、父親から受け継ぐのが三分の一、母親から受け継ぐのが三分の二。神話の話にピッタリ合致しますね。
ここからは百パーセント、僕の推測です。
寿命を決める因子は核DNAの中にあって、彼は神と人間の中間を受け継いだのでしょう。不老不死ではないけれど、それなりに長生き。でもパワーは桁違い。なにしろ神である母親のミトコンドリアDNA――つまりスーパーチャージャーつきハイパワーエンジンを得たわけですから。
これですべてのつじつまが合いましたね。
無理やりじゃねえかよ――
悲しいですね、夢を見れないバカヤロウって。
と言うことで、最後に少し宣伝を。僕の小説のいくつかは、このような夢のある神話を題材にしています。それは以下の3作品です。
【聞かせてくれ、命の調べを】
【優しい悪魔】
【出来損ないの天使】
但し断っておきますと、神話には確かに夢がありますが、僕の作品に夢があるかどうかは、保証しかねます。もちろんクレームは受け付けますが、
消費者庁にはタレこまないでくださいね
2013年9月12日木曜日
指紋認証に潜む、光と影
書き始める前から、頭が沸騰してしまいました。
そんな難しい話、僕にはとても無理です――
と、ここで終わりにしたいところだけれど、どうしても気になることがあるので、無知を承知で話を進めます。
きっかけは、もちろん先日発表になったiPhone5s。「Touch ID」ってやつです。最初はあまりピンとこなかったんですが、次第に夢が広がり、「こりゃすげーや」となってしまったのです。
もともと記憶力が欠如していている上に、嫌なことがある度に酒を飲んで忘れる術を覚え、気がつくと大切なことまで忘れるようになってしまった愚か者の僕。そんな僕に、悪魔が囁いたのです。
もう、パスワードを覚えなくてもいいんだぜ
マジっすか、悪魔さん? パスワードを要求される度にあたふたと慌てふためき、ときには二度とログイン出来ないこともしばしば。そりゃ、悪魔に魂を売ろうという気にもなるでしょう。
でも本当にそんなことができるの?
調べてみると、そういうことも可能なようです。実際過去には、あのマイクロソフトからも、Webサイト等へのパスワードの入力を指紋認証で肩代わりしてくれるキーボードが発売されています。こうなると、夢がますます膨らみます。初期設定だけをしておけば、後はスーイスイ。ホームボタンに指を乗せるだけ。なんて素晴らしい!
でも、ちょっと待てよ
おかしいじゃないか――と、ふと疑問が湧いたのです。だってそうじゃないですか。指紋を画像データとして読み込むわけで、それを照合するためのレファレンス(つまり、あらかじめ登録しておいた僕の指紋のデータ)もどこかに保存されているわけです。と言うことは、そのデータがハッキングされてしまったら、あるいは何かのアクシデントで漏れてしまったら、悪用されまくりじゃないですか。しかもパスワードとは違って、指紋を簡単に変えられる訳もないし。(まあ、簡単に変えられるようだと、そもそも指紋認証自体が意味をなさないわけですけど)
なんと恐ろしや
次第に背筋が寒くなってきました。でも妄想を暴走させるうちに(ちょっと韻を踏んでみました)、もっと恐ろしいことに気づいたのです。そう、あれを思いだしたんです。おいたをしたときに警察で取られた指紋のことを。一度指紋を取られると、もう二度と悪いことはできません。地球の裏までインターポールに追いかけられるのです。
病気じゃねえのか……
無視しましょう。で、僕が言いたいのは、「個人の特定」です。僕の指紋と僕の個人情報がセットで揃った時点で、もう僕のプライバシーはノミの目ほども存在しないのです。指紋認証をする度に、僕が働く悪事の数々が、すべて白日の下に晒されるのです。アカウントやパスワードを変えても、もう逃れられません。指紋は、一生ついて回るのです。
じゃあ、悪いことしなきゃいいじゃん
その通り。清く正しく生きる。これが一番です。でも世の中そんなに甘くはありません。悪意によって貶められる可能性もあるわけです。デジタルコピーされた僕の指紋があちこちに貼り付けられ、パン泥棒や下着泥棒等のあらぬ容疑で、あるとき突然捕まってしまうこともあるやもしれません。
実際やったんじゃねーのか?
やってません! いずれにしても、とても希望を感じさせるテクノロジーであると同時に、とても恐ろしいテクノロジーにも思えるのです。まあ、Appleさんのことです。きっとそのあたりはお見通しで、「光」の部分だけを上手く活用する運用方法を考えているに違いありませんけど。
ということで、今日は残念ながら落ちはありません。そう、
僕の小説と同じですね
そんな難しい話、僕にはとても無理です――
と、ここで終わりにしたいところだけれど、どうしても気になることがあるので、無知を承知で話を進めます。
きっかけは、もちろん先日発表になったiPhone5s。「Touch ID」ってやつです。最初はあまりピンとこなかったんですが、次第に夢が広がり、「こりゃすげーや」となってしまったのです。
もともと記憶力が欠如していている上に、嫌なことがある度に酒を飲んで忘れる術を覚え、気がつくと大切なことまで忘れるようになってしまった愚か者の僕。そんな僕に、悪魔が囁いたのです。
もう、パスワードを覚えなくてもいいんだぜ
マジっすか、悪魔さん? パスワードを要求される度にあたふたと慌てふためき、ときには二度とログイン出来ないこともしばしば。そりゃ、悪魔に魂を売ろうという気にもなるでしょう。
でも本当にそんなことができるの?
調べてみると、そういうことも可能なようです。実際過去には、あのマイクロソフトからも、Webサイト等へのパスワードの入力を指紋認証で肩代わりしてくれるキーボードが発売されています。こうなると、夢がますます膨らみます。初期設定だけをしておけば、後はスーイスイ。ホームボタンに指を乗せるだけ。なんて素晴らしい!
でも、ちょっと待てよ
おかしいじゃないか――と、ふと疑問が湧いたのです。だってそうじゃないですか。指紋を画像データとして読み込むわけで、それを照合するためのレファレンス(つまり、あらかじめ登録しておいた僕の指紋のデータ)もどこかに保存されているわけです。と言うことは、そのデータがハッキングされてしまったら、あるいは何かのアクシデントで漏れてしまったら、悪用されまくりじゃないですか。しかもパスワードとは違って、指紋を簡単に変えられる訳もないし。(まあ、簡単に変えられるようだと、そもそも指紋認証自体が意味をなさないわけですけど)
なんと恐ろしや
次第に背筋が寒くなってきました。でも妄想を暴走させるうちに(ちょっと韻を踏んでみました)、もっと恐ろしいことに気づいたのです。そう、あれを思いだしたんです。おいたをしたときに警察で取られた指紋のことを。一度指紋を取られると、もう二度と悪いことはできません。地球の裏までインターポールに追いかけられるのです。
病気じゃねえのか……
無視しましょう。で、僕が言いたいのは、「個人の特定」です。僕の指紋と僕の個人情報がセットで揃った時点で、もう僕のプライバシーはノミの目ほども存在しないのです。指紋認証をする度に、僕が働く悪事の数々が、すべて白日の下に晒されるのです。アカウントやパスワードを変えても、もう逃れられません。指紋は、一生ついて回るのです。
じゃあ、悪いことしなきゃいいじゃん
その通り。清く正しく生きる。これが一番です。でも世の中そんなに甘くはありません。悪意によって貶められる可能性もあるわけです。デジタルコピーされた僕の指紋があちこちに貼り付けられ、パン泥棒や下着泥棒等のあらぬ容疑で、あるとき突然捕まってしまうこともあるやもしれません。
実際やったんじゃねーのか?
やってません! いずれにしても、とても希望を感じさせるテクノロジーであると同時に、とても恐ろしいテクノロジーにも思えるのです。まあ、Appleさんのことです。きっとそのあたりはお見通しで、「光」の部分だけを上手く活用する運用方法を考えているに違いありませんけど。
ということで、今日は残念ながら落ちはありません。そう、
僕の小説と同じですね
2013年9月10日火曜日
オリンピックがやってくる!
コングラッチュレーション!
7年後に、自分の娘が活躍する姿を妄想しながらにやける、日本一のバカおやじの参上です。
それにしても感慨深いものです。東京オリンピックと言えば、もちろん1964年の、いや、1960年代の最大の一大事であり、あの大会が今の日本を築いたと言っても過言ではないでしょう。
若い人たちは知らないかもしれませんが、当時の日本は、今の日本とはまるで別物でした。特に地方はそうです。土間にしつらえられたかまどでご飯を炊き、洗濯板で服を洗い、洗髪をするのは2日に一度でした。電話なんて町内(お店をやっていた僕の家)に一台しかなく、毎日近所の人を呼んで回っていたものです。でもそれが当たり前で、それが貧乏だとか、不便だとか思っている人間は、一人もいなかったのです。それがみるみる世界が変わり、鼻くそほじってたガキが首からナプキンをかけてフォークを握り、ステテコで散歩していたおっさんがまるで似合わないスーツを着るようになりました。
と、ずうっと思っていましたが、どうやら都会は少し違っていたようです。当時の東京の様子が、僕の敬愛する奥田英朗さんの、
オリンピックの身代金
という小説に、見事に表現されています。出稼ぎにヒロポンに学生運動――当時の世相をリアルに描写した、素晴らしい小説です。
と前置きはこのくらいにしておいて、本題に入りたいと思います。
さて、高度成長に浮かれて国中がむしゃらに駆け続けた時代もとっくに終わり、世間で言うところの”失われた二十年”が矢の如く過ぎ去ってしまいました。そして皆が、あの頃はよかったと、不毛な懐古主義に染まっている今日この頃です。でも本当にそうなのでしょうか?
僕は思うのです。永遠に続く成長などあり得ないし、実は、かつて日本が目指していた世界こそが、今の日本なのではないか、と。ただそれを青写真に描けなかったが故に、今の現実を許容できないでいるのではないか、と。
こいつ、ついに壊れたな……
無視します。で、最近よく言われるのが、社会保障や税負担の増加です。でも僕は思うのです。実はこれは、社会が成熟した証なのではないか、と。そして本来であれば、あの高度成長の時代にこそ、その先に来るであろう、成熟した社会を青写真に描いておくべきだったのではないのか、と。
ある人の収入は、ある人の犠牲の上に成り立っています。足せば実はゼロなのです。それなのに、その犠牲になった人を、”努力が足りない”、”能力がない”と言って否定することで、今の資本主義は成り立っているわけです。
30年前に比べて僕の生活は驚くほど豊かで便利になりました。でも決して、世界中の人がそうなったわけではありません。僕たちは、とても幸せな環境に置かれているのです。喉が乾いて死ぬ思いをすることもなくなったし、お腹が空いて人様の物を盗む必要もなくなりました。でも、それを有り難っている人は、露ほどもいません。それが当たり前だと思っているし、それどころか、まだ物足りないとさえ思っているのです。
まったくもって傲慢だな
い、いえ、僕が言ったんじゃありません。どこからか聞こえてきた幻聴です。
またまた脱線してしまいました。話を戻します。そう、7年後のオリンピックです。7年後と言えば、今の小学生、中学生が活躍する時代です。その頃日本はどうなっているのでしょうか。それを決めるのは、我々大人です。今回の招致の活動の中で、あの滝川クリステルさんが、とても素晴らしいスピーチをしました。そう、
おもてなし
です。とても深い言葉です。自己の利益を犠牲にしてまで、人の笑顔が見たい――。これぞまさに、僕たち日本人の誇るべき文化であり、誇り高き民族性だと思うのです。西洋的な資本主義にはまったく逆行する(要するに、無駄な)思想かもしれませんが、これこそが、7年後のオリンピックに向けて、僕たち日本人が守るべき『美徳』なのではないのかと思うのです。
知らないうちに日本は、共存共栄的な社会主義国家になりつつあるのかもしれません。でもいいじゃないか、と僕は思うのです。弱き者を助け、横暴な権力には牙を剥く。その先に、きっと素晴らしいオリンピックが待っている。きっと世界中の人が感動することでしょう。
なんて素晴らしい国だ、ニッポン!
2013年9月8日日曜日
ついよけいなことを言ってしまう、人の心理
まさに僕のことを言っているような見事な標題。幾多もの後悔を重ねてきた僕ならではの、心の叫びといっても過言ではないでしょう。
ところで、先ほどある記事を目にしました。これです。
【朗報】Kindle作家さん、売上や販売部数はドンドン公開していってOKなんだって
おー、それは素晴らしい! と一瞬思いましたが、よくよく考えてみれば、ちっとも朗報なんかじゃありません。生き恥をさらすだけなのです。小学生の小遣いにも満たない売上を公開して、いったいどうしようというのでしょうか?
おい、ゴミくず。そりゃ、おめーだけだよ
どこからか、あまりよろしくない声が聞こえてきました。もちろん無視です。で、話を戻しましょう。「たくさん売れています」というコピー、僕にはそれが宣伝効果になるとはあまり思えないのです。むしろ、逆効果なのでは、と。でももし仮にそれが効果的だとしたら、こまった人たちが出てきそうです。そう、嘘つきです。百万部突破、だとか、売り上げ一千万円、だとか――
そりゃちょっとやり過ぎだろう
たいへん失礼いたしました。でも、百部しか売れていないのに「一万部突破」くらいのほら吹きなら、出てきてもおかしくはありません。じっさい某Twitterでは、ちっとも売れていなくせに「大人気!」だとか「売れています!」だとか、見る方が恥ずかしくなるような文言を並べている人も見受けられるわけです。
それって、おめーじゃねーのか?
ち、違います。大好評、くらいは言ったことがありますが……(でも本当は、ちっとも好評じゃありませんでした)
やっぱりそうじゃねえか
嫌な過去は、この際きっぱり忘れましょう。で、問題なのは逆効果だけではありません。会社でエセ財務をやっている僕からすれば、飛んで火に入る夏の虫な訳です。良いですか目立ちたがやりさん、年間20万円を超える副業での収入は、雑所得として確定申告しなきゃならないんです。そう、国民の義務、納税です。もちろん納税は、安全で快適な社会生活を送る上で当然のことです。でももしあなたがそれを怠っていたとしたら、たちまち税務署から強面のおじさんが押しかけてきます。
まあ、自業自得ですけどね
と、毎度のように話が脱線してしまいました。本題に戻しましょう。どうして人は、言わなくとも良いことを、つい口走ってしまうのでしょうか? SNSでの暴言騒ぎもしかり、けっきょく最後は謝らなきゃならない事件が後を絶ちません。僕はその原因は、孤独にあると思っています。
またかよ……
呆れて鼻くそをほじる前に、ぜひとも聞いていただきたい。多くの人にとって一番辛いのは、罵声を浴びせられることよりも、無視されることではないでしょうか。自分自信の存在を否定されることが、とてもいやなのです。そしてその孤独に耐えきれなくなって、ついよけいなことを、しかも実際よりも大げさに言ってしまう。ある意味、人間の性なのです。
じゃあ、どうすればそれを防げるのか? そんなことは、僕に聞かないでいただきたい。なにしろ今日も、
ついよけいなことを言ってしまったばかりなのですから
ところで、先ほどある記事を目にしました。これです。
【朗報】Kindle作家さん、売上や販売部数はドンドン公開していってOKなんだって
おー、それは素晴らしい! と一瞬思いましたが、よくよく考えてみれば、ちっとも朗報なんかじゃありません。生き恥をさらすだけなのです。小学生の小遣いにも満たない売上を公開して、いったいどうしようというのでしょうか?
おい、ゴミくず。そりゃ、おめーだけだよ
どこからか、あまりよろしくない声が聞こえてきました。もちろん無視です。で、話を戻しましょう。「たくさん売れています」というコピー、僕にはそれが宣伝効果になるとはあまり思えないのです。むしろ、逆効果なのでは、と。でももし仮にそれが効果的だとしたら、こまった人たちが出てきそうです。そう、嘘つきです。百万部突破、だとか、売り上げ一千万円、だとか――
そりゃちょっとやり過ぎだろう
たいへん失礼いたしました。でも、百部しか売れていないのに「一万部突破」くらいのほら吹きなら、出てきてもおかしくはありません。じっさい某Twitterでは、ちっとも売れていなくせに「大人気!」だとか「売れています!」だとか、見る方が恥ずかしくなるような文言を並べている人も見受けられるわけです。
それって、おめーじゃねーのか?
ち、違います。大好評、くらいは言ったことがありますが……(でも本当は、ちっとも好評じゃありませんでした)
やっぱりそうじゃねえか
嫌な過去は、この際きっぱり忘れましょう。で、問題なのは逆効果だけではありません。会社でエセ財務をやっている僕からすれば、飛んで火に入る夏の虫な訳です。良いですか目立ちたがやりさん、年間20万円を超える副業での収入は、雑所得として確定申告しなきゃならないんです。そう、国民の義務、納税です。もちろん納税は、安全で快適な社会生活を送る上で当然のことです。でももしあなたがそれを怠っていたとしたら、たちまち税務署から強面のおじさんが押しかけてきます。
まあ、自業自得ですけどね
と、毎度のように話が脱線してしまいました。本題に戻しましょう。どうして人は、言わなくとも良いことを、つい口走ってしまうのでしょうか? SNSでの暴言騒ぎもしかり、けっきょく最後は謝らなきゃならない事件が後を絶ちません。僕はその原因は、孤独にあると思っています。
またかよ……
呆れて鼻くそをほじる前に、ぜひとも聞いていただきたい。多くの人にとって一番辛いのは、罵声を浴びせられることよりも、無視されることではないでしょうか。自分自信の存在を否定されることが、とてもいやなのです。そしてその孤独に耐えきれなくなって、ついよけいなことを、しかも実際よりも大げさに言ってしまう。ある意味、人間の性なのです。
じゃあ、どうすればそれを防げるのか? そんなことは、僕に聞かないでいただきたい。なにしろ今日も、
ついよけいなことを言ってしまったばかりなのですから
出っ張った耳に思う、ダーウィン先生のこと
「今日飲まなくていつ飲むんだ」と、土曜日出勤を終えた僕は無理やり理由をつくって、今日も泥酔モードです。といっても、いつもほどには、愉しくはありません。つい今しがた見終えたトータル・リコール (2012年リメーク版)のせいで、とても虚しい気分に浸っているのです。
リメークじゃなくて、改悪じゃん……
とそんな愚痴はおいておいて、昼は会社、夜は酒に映画にブログ。このおっさんはいったいいつ小説を書いているのでしょうか? 答えは言うまでもなく、
ちっとも書いていませんとも!
いばるなよ、じじい……
と前置きはこれくらいにしておいて、今日の話題は、緊迫したシリア情勢が世界経済にもたらす影響――
うそです。ちょっとかっこつけたかっただけです
気を取り直して本題へ。今日の話は、耳です。
えっ、どうして耳なの? よくぞ訊いてくれました。それを説明するには、今日の僕の会社での経験からお話をしなければなりません。
今日は朝から会議でした。いつものように最後列に陣取り、何かを悩むような難しい顔を無理やりつくった僕は、さっそく船をこぎ始めました。そしてしばらくして、まるでナイアガラの滝から落ちるような衝撃に、思わず目を覚ましたのです。そのとき僕の霞んだ視界に、みんなの耳が見えました。誰にも彼もにも、横に出っ張った耳がくっついています。まあ当たり前のことなんですけれど、それをただ当たり前だと思っていたら、せっっかくの人生が愉しくありません。
いや、別に愉しいけど……
「…………」
もう少しで椅子から転げ落ちるところでした。と、気を取り直して、凡人の意見は無視して話を進めさせていただきます。
さて、耳ってやつは、もちろん音を聞くためにある器官です。そしてそれは、とてもよくできているのです。集音に最適化された朝顔のような形状、周波数を的確に捉える、プルプルした質感。実によくできています。まさに長い年月をかけて得られた進化の賜でしょう。
まあ、普通であればこれで納得してしまう話なのですが、すっかりボケてしまっている僕は、はたと疑問に思ったのです。
おかしいじゃねえか――
何がおかしいんだよ? はい。それは、進化論です。皆さんよくご存じのダーウィン。あのガラパゴスです(ガラケーとはまったく関係ありませんよ)。
ダーウィンの唱えた進化論、つまり自然選択説の基本は、突然変異がもたらす多様性と選択、です。耳に例えるならば、よく聞こえるように目的を持って進化したわけじゃなくて、突然変異を繰り返すうちに、たまたまよく聞こえる耳の形状を持った種が存続した、と言うことなのです。
ほんとかよ……
と、思わず言いたくなるのは、僕だけじゃないはずです。乱数表を回してランダムに突然変異を発生させれば、頭の上や、足の裏に耳のある人間が生まれるかもしれません。形にしてもそうです。蓮のようにでっかいやつや、ラッパのように出っ張ったやつがいてもおかしくはありません。でも、誰の耳も、みんな同じ場所についていて、おんなじ形をしているのです。ダーウィンの説に従えば、少しでも違った者は淘汰されてしまったことになります。
おかしいでしょ、ダーウィン先生
そもそも、お腹に耳がついてる人間の化石や、ラッパの形をした耳を持った人間の化石なんて、見たこともないですから。
じゃあ、お前の意見はどうなんだよ?
よくぞ聞いていただけました。ありがとうございます。僕の意見は、百年も前から変わりません。”多様性と選択”なんてまったくの戯れ言で、真実は、
プログラム
なのです。最初からそういう耳になるように、遺伝子に、誰かがプログラムしていたのです。お尻に耳のついた人間が淘汰されたんじゃなくて、そんな設計図がもともとなかっただけなのです。
バカだとお思いでしょうが、実際、バカです。毎晩こんな妄想を膨らませながらニンマリと宙を見つめる、とても危ないバカです。しかも黙ってりゃ良いのに、つい、口が滑ってしまうんです。でも、悪気があって言ってるわけじゃないんです。だから、
ぜったいに警察などには、通報しないでくださいね
リメークじゃなくて、改悪じゃん……
とそんな愚痴はおいておいて、昼は会社、夜は酒に映画にブログ。このおっさんはいったいいつ小説を書いているのでしょうか? 答えは言うまでもなく、
ちっとも書いていませんとも!
いばるなよ、じじい……
と前置きはこれくらいにしておいて、今日の話題は、緊迫したシリア情勢が世界経済にもたらす影響――
うそです。ちょっとかっこつけたかっただけです
気を取り直して本題へ。今日の話は、耳です。
えっ、どうして耳なの? よくぞ訊いてくれました。それを説明するには、今日の僕の会社での経験からお話をしなければなりません。
今日は朝から会議でした。いつものように最後列に陣取り、何かを悩むような難しい顔を無理やりつくった僕は、さっそく船をこぎ始めました。そしてしばらくして、まるでナイアガラの滝から落ちるような衝撃に、思わず目を覚ましたのです。そのとき僕の霞んだ視界に、みんなの耳が見えました。誰にも彼もにも、横に出っ張った耳がくっついています。まあ当たり前のことなんですけれど、それをただ当たり前だと思っていたら、せっっかくの人生が愉しくありません。
いや、別に愉しいけど……
「…………」
もう少しで椅子から転げ落ちるところでした。と、気を取り直して、凡人の意見は無視して話を進めさせていただきます。
さて、耳ってやつは、もちろん音を聞くためにある器官です。そしてそれは、とてもよくできているのです。集音に最適化された朝顔のような形状、周波数を的確に捉える、プルプルした質感。実によくできています。まさに長い年月をかけて得られた進化の賜でしょう。
まあ、普通であればこれで納得してしまう話なのですが、すっかりボケてしまっている僕は、はたと疑問に思ったのです。
おかしいじゃねえか――
何がおかしいんだよ? はい。それは、進化論です。皆さんよくご存じのダーウィン。あのガラパゴスです(ガラケーとはまったく関係ありませんよ)。
ダーウィンの唱えた進化論、つまり自然選択説の基本は、突然変異がもたらす多様性と選択、です。耳に例えるならば、よく聞こえるように目的を持って進化したわけじゃなくて、突然変異を繰り返すうちに、たまたまよく聞こえる耳の形状を持った種が存続した、と言うことなのです。
ほんとかよ……
と、思わず言いたくなるのは、僕だけじゃないはずです。乱数表を回してランダムに突然変異を発生させれば、頭の上や、足の裏に耳のある人間が生まれるかもしれません。形にしてもそうです。蓮のようにでっかいやつや、ラッパのように出っ張ったやつがいてもおかしくはありません。でも、誰の耳も、みんな同じ場所についていて、おんなじ形をしているのです。ダーウィンの説に従えば、少しでも違った者は淘汰されてしまったことになります。
おかしいでしょ、ダーウィン先生
そもそも、お腹に耳がついてる人間の化石や、ラッパの形をした耳を持った人間の化石なんて、見たこともないですから。
じゃあ、お前の意見はどうなんだよ?
よくぞ聞いていただけました。ありがとうございます。僕の意見は、百年も前から変わりません。”多様性と選択”なんてまったくの戯れ言で、真実は、
プログラム
なのです。最初からそういう耳になるように、遺伝子に、誰かがプログラムしていたのです。お尻に耳のついた人間が淘汰されたんじゃなくて、そんな設計図がもともとなかっただけなのです。
バカだとお思いでしょうが、実際、バカです。毎晩こんな妄想を膨らませながらニンマリと宙を見つめる、とても危ないバカです。しかも黙ってりゃ良いのに、つい、口が滑ってしまうんです。でも、悪気があって言ってるわけじゃないんです。だから、
ぜったいに警察などには、通報しないでくださいね
2013年9月6日金曜日
スマホなんてもう過去の遺物、未来のガジェットを切る!
大胆なタイトルにしてみました。まったく売れないSF作家が口にする言葉とはとても思えませんが、本人はいたって本気です。
だからダメなんだよ――
何かおっしゃいましたでしょうか? 年老いると、都合の悪い声が聞こえなくなってしまいます。
さて、昨日来、世間はドコモとAppleの不倫の話題で持ちきりのようですが、僕にはまるで興味がありません。なぜなら、スマホそのものがもう過去の遺物になりつつあると感じているからです。
かつてメインフレームがミニコンに取って代わられ、さらにそのミニコンがパーソナルコンピュータに取って代わられたように、オールインワンのガジェットであるスマホは、今後、機能分散したよりシンプルなガジェットたちにその市場を奪われるに違いない。そう考えているわけです。だから僕には、ドコモのニュースよりも、サムスンのスマートウォッチの発表の方が、遙かに興味深いものでした。
http://wired.jp/2013/09/06/samsung-galaxy-gear-smartwatch/
まあ、売れないでしょう。機能を詰め込みすぎです。タブレットと連携して電話だけできればいいのに――なんて僕の勝手な要望は置いておいて――この製品の登場は、ウァラブルコンピューティングの時代の幕開けを暗示しているように思います。
おそらくこれから後を追うように、他社から類似製品が山のように発表されるでしょう。そして次第に求められる形に収束していき、最終的にはとても便利なガジェットになると思います。そしてそのときには、もうスマホには電話機能はいらなくなるでしょう。電話機能のないスマホはもはやスマホとは呼べません。強いて言えば、スマ、でしょうか。
大変失礼いたしました
しかし、スマホの仕事を奪うのはスマートウォッチだけではないかもしれません。写真や動画を撮る、これはスマートグラス(グーグルグラス)の出番ですし、そのスマートグラスがあれば、ちっちゃな液晶も、眼前に広がるでっかい画面に変わるわけです。
もしかすると、キーボードの代わりになるセンサーつきの手袋――スマートグラブ――なんてものも登場するかもしれません。ちなみにこれは、僕の小説”除妖師”に登場します。読めとは言いません。ぜひ読んでみてください。
姑息な宣伝もいい加減にしろよ
大変失礼いたしました……。
けっきょく何が言いたいのかというと、聞く、見る、話す、触る、と言ったそれぞれの人間の基本動作をサポートする機能は、それをするのに最も便利な場所(耳の近く、目の近く、口の近く、手の近く)で、しかもさりげなく(シンプルで遅滞なく)動作することが望まれるでのではないだろうか、と言うことです。
今のスマホ人気は物珍しさに支えられている嫌いが多分にあり、そろそろ皆はそれに疲れ始めていて、これからは、本当につかいやすく便利な物へとその嗜好を変えるのではないか、そう思うわけです。
では最後に。明日は土曜日というのに出勤日。とても辛い。そしていつも思うのです。
僕が本当に欲しいのは、素敵なガジェットよりも、ドラえもんのコピーロボット
だからダメなんだよ――
何かおっしゃいましたでしょうか? 年老いると、都合の悪い声が聞こえなくなってしまいます。
さて、昨日来、世間はドコモとAppleの不倫の話題で持ちきりのようですが、僕にはまるで興味がありません。なぜなら、スマホそのものがもう過去の遺物になりつつあると感じているからです。
かつてメインフレームがミニコンに取って代わられ、さらにそのミニコンがパーソナルコンピュータに取って代わられたように、オールインワンのガジェットであるスマホは、今後、機能分散したよりシンプルなガジェットたちにその市場を奪われるに違いない。そう考えているわけです。だから僕には、ドコモのニュースよりも、サムスンのスマートウォッチの発表の方が、遙かに興味深いものでした。
http://wired.jp/2013/09/06/samsung-galaxy-gear-smartwatch/
まあ、売れないでしょう。機能を詰め込みすぎです。タブレットと連携して電話だけできればいいのに――なんて僕の勝手な要望は置いておいて――この製品の登場は、ウァラブルコンピューティングの時代の幕開けを暗示しているように思います。
おそらくこれから後を追うように、他社から類似製品が山のように発表されるでしょう。そして次第に求められる形に収束していき、最終的にはとても便利なガジェットになると思います。そしてそのときには、もうスマホには電話機能はいらなくなるでしょう。電話機能のないスマホはもはやスマホとは呼べません。強いて言えば、スマ、でしょうか。
大変失礼いたしました
しかし、スマホの仕事を奪うのはスマートウォッチだけではないかもしれません。写真や動画を撮る、これはスマートグラス(グーグルグラス)の出番ですし、そのスマートグラスがあれば、ちっちゃな液晶も、眼前に広がるでっかい画面に変わるわけです。
もしかすると、キーボードの代わりになるセンサーつきの手袋――スマートグラブ――なんてものも登場するかもしれません。ちなみにこれは、僕の小説”除妖師”に登場します。読めとは言いません。ぜひ読んでみてください。
姑息な宣伝もいい加減にしろよ
大変失礼いたしました……。
けっきょく何が言いたいのかというと、聞く、見る、話す、触る、と言ったそれぞれの人間の基本動作をサポートする機能は、それをするのに最も便利な場所(耳の近く、目の近く、口の近く、手の近く)で、しかもさりげなく(シンプルで遅滞なく)動作することが望まれるでのではないだろうか、と言うことです。
今のスマホ人気は物珍しさに支えられている嫌いが多分にあり、そろそろ皆はそれに疲れ始めていて、これからは、本当につかいやすく便利な物へとその嗜好を変えるのではないか、そう思うわけです。
では最後に。明日は土曜日というのに出勤日。とても辛い。そしていつも思うのです。
僕が本当に欲しいのは、素敵なガジェットよりも、ドラえもんのコピーロボット
2013年9月5日木曜日
ついにきた-! ソニーのレンズカメラ! はたして売れるのでしょうか?
標題の話に入る前に、僕が今朝経験した出来事から話さなければならない。朝家を出たときは「少し雲行きが怪しいな」くらいで、その後起こるであろう悲劇など予想だにしなかった。ところが電車を降りると、あら大変。街は雨に霞み、道行く人の広げた傘が、けたたましい雨音を鳴らしているではないか。
(にわか雨だな。すぐにやむぜ、こりゃ)
あいかわらず僕の発想は、自分の都合のいいようにしか働かない。もちろんそれが的中したためしがないのだけれど、バカは学習効果がまるでないときている。
僕はドトールに入り、モーニングを食しながら時間をつぶすことにした。そして十五分後、表に出た僕は、呆然と外の景色を見つめていた。
もはや雨と言うよりも、華厳の滝に近かった。足下では、天竜川の川下りのように激流がうねっている。でももう時間もないし、早く会社に行かなくてはならない。僕は、骨の2本折れた壊れかけの折りたたみ傘を押し広げ、足を前に踏み出した。そして、いきなりズボッとぬかるみにはまった。あと2年は頑張ってもらわなくてはならない靴が、ズタボラだ。涙が零れそうになる――
と、きりがないので話はここらで終わりにして、結論から言うと、ドブネズミのようにクタクタになって会社に着いた僕は、僅かその二十分後にすっかり雨の上がった空を見て、
俺って、なんてピンポイント……
と、あまりの強運に、感心した次第なのである。
と言うことで、標題の問いかけに戻ると、答えは聞くまでもない。
僕に訊くだけ、無駄ですよ
しかしこれで終わってしまったら、芸がなさ過ぎる。ということで、今日は、僕だったらこれを買うか否か、その点について考察したい。
まずは、製品の概要から。以下の記事をご覧いただきたい。
http://wired.jp/2013/09/05/sony-qx100-qx10/
http://japanese.engadget.com/2013/09/04/qx10-qx100-amazon/
実はこの記事を読むまでもなく、この製品は数週間前からその存在がリークされていて(わざとすか、ソニーさん?)、おおよそのことは知っていた。そして、貧乏のくせにガジェットマニアな僕は、声を出して感嘆した。
さすが世界のソニー!
目の付け所が、シャー……、いや、ソニーなのである。画期的な発想、それを実現する確かな技術力、そしてその企画を採用する先進的な企業文化――
かつてのソニーが戻ってきた……思わず僕は口の中で呟いたものだ。そしていよいよそれが発売されることになった。感涙ものである。
――と、ここまでは良いのだけれど、じゃあ、僕はこれを買うのだろうか?
僕はたぶん、所得分布的に言えば中の下か、あるいは下の上あたりだと思う。と言うことは、おそらく、人口分布の最多な層に属するのではなかろうか。つまり、僕が食指を動かすか否かが、この製品が売れるか否かを占う指標にもなるのだ。
本当かよ、おい……
まずは価格。上位機種のDSC-QX100が399ポンド(約62,000円)……はあっ? 2秒ほど口を開けて呆けてしまった。
論外である
と言うことで、Specを見るのも無駄なので、そそくさと話を下位機種に移そう。こちらはQX10という型名で、価格は179ポンド(約28,000円)……今日のBlogはこれでお終い――と一瞬思ったけれど、まあ、死ぬ気になれば何とかなる値段だ。と言うことで、Specの検討に入ることにする。
2/3インチ 18MPセンサ、F3.3 - 5.9の10倍光学ズーム、ソニーGレンズ
情報はこれだけかよ……
いやまて、限られた希少な情報からその裏に隠された真実を探る、それができてこその小説家――
と、本物の小説家に怒られちゃいそうなことをほざいてみました。
話を戻そう。まあ、ひと言で言ってしまえば、そこいらのコンデジ。先日僕が(家族に内緒で)買った、8千9百円のパナソニックのDMC-SZ3ってやつとたいして変わりない。ちなみにそのSpecは、
2/3インチ 16MPセンサ、F3.1 - 5.9の10倍光学ズーム、LEICA DC VARIO-ELMARレンズ
ちっとも変わらねえじゃねえかよ! と憤怒する前に、大きな違いを想い出さなくてはいけない。この製品は、ただのコンデジとは違うのだ。スマホ連携なのだ!
いや、普通のコンデジでも、EyeFiを突っ込めばスマホ連携ですが……
まあそうだけど、でも違うのだ。こいつは、レンズだけを持って撮影できるのだ。狭いところにも突っ込んで撮影できるし、自分撮りだって思いのままなのだ。
どこに突っ込むんだよ、それにおっさんが自分撮りして、何をやらかそうと……
その通りである。いや、違うのだ……
と言うことで、無理やりなこじつけも、もう底をつきました。結論を言うと、
僕は買いません
ときっぱりと言い切った僕の中で、もう一人の自分が叫んだ。
買いませんじゃなくて、買えませんダローが、この貧乏人!
その通りです。すみません、ソニーさま。
2013年9月4日水曜日
ネットでの拡散と故障モード
ここのところ、竜巻の話題が後を絶たない。なんともおそろしい話である。誰にも予想できない上に、しかも巨大な積乱雲(入道雲)が広がってから僅か25分後に発生するというではないか。もう、ガクブルの世界なのである。
そんなニュースを見ながら、妄想家の僕は、あるそら恐ろしい空想に、老いた身体を打ち振るわせた。
もし竜巻が原子力発電所を襲ったら――
もちろん、その確率がゼロに近いことなど百も承知だ。でも心配性の僕には、それが気になってしょうがない。そんなことをうつらうつら考えながら、僕はあることに着目した。それが今日の標題の、「故障モード」である。
電子回路に携わったことのある方ならばご存じのように、かつてタンタルコンデンサーというやつが大問題になったことがある。何が問題かというと、その「故障モード」なのである。どんなに丈夫な物でも、ある条件下では必ず壊れる。だから、いつ壊れてもいいように準備する。ところがこのタンタルコンデンサーというやつはとてもやっかいで、壊れるとショート(短絡)してしまうのだ。
自分が死んだら、後は知りません、とケツをまくってしまうのである
しかも悪いことに容量の大きいこのコンデンサーは、電源周りで重宝される。大変なことである。過大な電流が流れた回路は発熱し、火を噴き、場合によっては火災につながる。
とここで、話を原子力発電に戻そう。僕が思うに、原子力発電というのは、故障モードが「ショート」のシステムのような気がする。制御を失うと停止してしまう『核融合』とは対照的に、有事があって制御を失えば、止まるのではなくて、暴走するのだ。
止められなくなったら、もう誰にも止められない
と、おやじギャグにもならないギャグを言ってみました。申し訳ございません……
前置きはこのくらいにして、本題に入りたい。僕は思うのだ。もしかすると、ネットの世界というのも、故障モードが「ショート」な世界なのではないのかと。(おい、大丈夫か、自分……)
ネットに放たれた情報は、その持ち主の推進力を失ってもなお、拡散を続ける。まるで、際限なく引き起こる核分裂のように。いったんこの連鎖反応が始まると、もう手の付けようがない。
じゃあ、そうならないように気をつけりゃいいじゃん
そのとおりである。しかし、そうもいかないことも考えられるのだ。それは、先に言った原子力発電所に対するテロ行為にも似た、恣意的な「故障」である。
この世には、残念ながら悪い人も存在する。気に入らない奴を陥れようという人たちもいる。そういう人たちにとってこの故障モード「ショート」な世界は、うってつけなのかもしれない。なにしろ、発信したデマが、労することなく勝手に広まって行くのだから。
もう、何を信じて何を疑えばいいのか、まるでわからなくなってしまうのだ
でも少なくとも、利己主義で偉そうな人間が、これで得をする社会にだけはなって欲しくない。(なんとなくそうなりつつある気がして怖いのだけれど)
できることなら、その「故障モード」が、これまで虐げられてきた善良な人たちを守る、有用な武器になって欲しい。そう願う、今日この頃なのである。
今日もまた、結論はない。というか、僕の足りない脳細胞ではこれ以上考えることは不可能なのだ。
そんなバカな僕ではあるけど、最後にこれだけは言わせていただきたい。
でも少しくらいは僕の本の話題も、「ショート」になって拡散して欲しい……
そんなニュースを見ながら、妄想家の僕は、あるそら恐ろしい空想に、老いた身体を打ち振るわせた。
もし竜巻が原子力発電所を襲ったら――
もちろん、その確率がゼロに近いことなど百も承知だ。でも心配性の僕には、それが気になってしょうがない。そんなことをうつらうつら考えながら、僕はあることに着目した。それが今日の標題の、「故障モード」である。
電子回路に携わったことのある方ならばご存じのように、かつてタンタルコンデンサーというやつが大問題になったことがある。何が問題かというと、その「故障モード」なのである。どんなに丈夫な物でも、ある条件下では必ず壊れる。だから、いつ壊れてもいいように準備する。ところがこのタンタルコンデンサーというやつはとてもやっかいで、壊れるとショート(短絡)してしまうのだ。
自分が死んだら、後は知りません、とケツをまくってしまうのである
しかも悪いことに容量の大きいこのコンデンサーは、電源周りで重宝される。大変なことである。過大な電流が流れた回路は発熱し、火を噴き、場合によっては火災につながる。
とここで、話を原子力発電に戻そう。僕が思うに、原子力発電というのは、故障モードが「ショート」のシステムのような気がする。制御を失うと停止してしまう『核融合』とは対照的に、有事があって制御を失えば、止まるのではなくて、暴走するのだ。
止められなくなったら、もう誰にも止められない
と、おやじギャグにもならないギャグを言ってみました。申し訳ございません……
前置きはこのくらいにして、本題に入りたい。僕は思うのだ。もしかすると、ネットの世界というのも、故障モードが「ショート」な世界なのではないのかと。(おい、大丈夫か、自分……)
ネットに放たれた情報は、その持ち主の推進力を失ってもなお、拡散を続ける。まるで、際限なく引き起こる核分裂のように。いったんこの連鎖反応が始まると、もう手の付けようがない。
じゃあ、そうならないように気をつけりゃいいじゃん
そのとおりである。しかし、そうもいかないことも考えられるのだ。それは、先に言った原子力発電所に対するテロ行為にも似た、恣意的な「故障」である。
この世には、残念ながら悪い人も存在する。気に入らない奴を陥れようという人たちもいる。そういう人たちにとってこの故障モード「ショート」な世界は、うってつけなのかもしれない。なにしろ、発信したデマが、労することなく勝手に広まって行くのだから。
もう、何を信じて何を疑えばいいのか、まるでわからなくなってしまうのだ
でも少なくとも、利己主義で偉そうな人間が、これで得をする社会にだけはなって欲しくない。(なんとなくそうなりつつある気がして怖いのだけれど)
できることなら、その「故障モード」が、これまで虐げられてきた善良な人たちを守る、有用な武器になって欲しい。そう願う、今日この頃なのである。
今日もまた、結論はない。というか、僕の足りない脳細胞ではこれ以上考えることは不可能なのだ。
そんなバカな僕ではあるけど、最後にこれだけは言わせていただきたい。
でも少しくらいは僕の本の話題も、「ショート」になって拡散して欲しい……
2013年9月1日日曜日
ガッチャマン ”俺が見えるか悪党ども…” 条件付きで、とても面白い映画でした
最初に断っておくと、僕はリアルタイムでのガッチャマン世代ではあるけれど、ストーリーはまったく記憶にない。もちろんあの有名な主題歌は、しっかりと脳裏に焼き付いているけれど……
灼熱地獄の中を家族で映画館まで歩き、女房と娘はモンスターズ・ユニバーシティーを観に先に劇場内へ。二十分遅れで、いざ僕も劇場へGo!
まずは客層から。パシフィックリムほどではないにしろ、やはりおっさんの単独客が散見された。およそ3割といったところか。それから意外だったのが、中壮年の夫婦。これも2、3割。残りは若いアベックに、小さな子供を連れた比較的若い夫婦。ただし日曜日で且つ1000円の日にも拘わらず、劇場内は空いていた。満席率は30%くらい。興業が振るわないという話はどうやら本当のようだ。
さて、いよいよ開演――と、なんだよ、これ……いきなり僕の中で憤懣が沸き起こった。といっても、決して本編に対してじゃない。本編の前に流れた、『おはよう忍者隊ガッチャマン 劇場編』ってやつにだ。なぁーにがおはよう忍者隊、だ。ふざけるなである。「さあ、どこからでもきやがれ!」と、気分をこれでもかと高めていたというのに、まったく興ざめだ。
それでも何とか気を取り直し、いよいよ本編の始まり。そして――
あっという間に時間が過ぎ去り、エンディングのテロップを最後まで見届けた僕は、おもむろに腰を上げた。
とても面白かった。そして不覚にも、三度泣いてしまった。
超リアルなCGに支えられた迫力ある映像、とにかくカッコいいケンとジョー、手に汗握る、まったく飽きさせない展開。まさに僕好みの作品だ。原作のことを忘れ、小難しいことを考えるのもやめて、思考の主導権を映画に握らせてやれば、とても愉しめる作品だと思う。実際僕はとても愉しんだし、感動もした。ジョーの登場シーンや、移動要塞タートルキングに突っ込むシーン、あるいは予告編でも流れたあの「――最後の任務だ、すべて救う」という台詞のシーンなどでは、鳥肌まで立った。
特にこの映画の面白さを演出しているのが、ケン役の松坂桃李と、ジョー役の綾野剛の名演技だ。それぞれの個性が物語に見事に調和し、これ以上ないくらいに気分を盛り上げてくれる。
と、いい話ばかりをしてきたけれど、実は、この作品が酷評を受ける理由もわからないわけではない。
その大きな原因は、敢えて苦言を呈させていただくならば、女優陣の演技力不足である。正直言って、ほんの数カ所ではあるけれど、完全にスベっている場面も見受けられた。鈍感な僕だからこそ、すぐに気を取り直してストーリーに没入できたけれど、そうもいかない人もいるだろう。
松坂桃李と綾野剛が素晴らしかっただけに、とても惜しい気がする。
ということで、そろそろまとめに入りたい。僕的には
★★★★☆
ただし、人によっては受け入れられない人もいるかもしれない。でも多少のあらに目を瞑ることのできる人ならば、とても愉しめる映画だと思う。それと、これだけは最後に断っておきたい。
多少のあらはあったけれど、
僕の小説に比べれば、微々たるものだ
灼熱地獄の中を家族で映画館まで歩き、女房と娘はモンスターズ・ユニバーシティーを観に先に劇場内へ。二十分遅れで、いざ僕も劇場へGo!
まずは客層から。パシフィックリムほどではないにしろ、やはりおっさんの単独客が散見された。およそ3割といったところか。それから意外だったのが、中壮年の夫婦。これも2、3割。残りは若いアベックに、小さな子供を連れた比較的若い夫婦。ただし日曜日で且つ1000円の日にも拘わらず、劇場内は空いていた。満席率は30%くらい。興業が振るわないという話はどうやら本当のようだ。
さて、いよいよ開演――と、なんだよ、これ……いきなり僕の中で憤懣が沸き起こった。といっても、決して本編に対してじゃない。本編の前に流れた、『おはよう忍者隊ガッチャマン 劇場編』ってやつにだ。なぁーにがおはよう忍者隊、だ。ふざけるなである。「さあ、どこからでもきやがれ!」と、気分をこれでもかと高めていたというのに、まったく興ざめだ。
それでも何とか気を取り直し、いよいよ本編の始まり。そして――
あっという間に時間が過ぎ去り、エンディングのテロップを最後まで見届けた僕は、おもむろに腰を上げた。
とても面白かった。そして不覚にも、三度泣いてしまった。
超リアルなCGに支えられた迫力ある映像、とにかくカッコいいケンとジョー、手に汗握る、まったく飽きさせない展開。まさに僕好みの作品だ。原作のことを忘れ、小難しいことを考えるのもやめて、思考の主導権を映画に握らせてやれば、とても愉しめる作品だと思う。実際僕はとても愉しんだし、感動もした。ジョーの登場シーンや、移動要塞タートルキングに突っ込むシーン、あるいは予告編でも流れたあの「――最後の任務だ、すべて救う」という台詞のシーンなどでは、鳥肌まで立った。
特にこの映画の面白さを演出しているのが、ケン役の松坂桃李と、ジョー役の綾野剛の名演技だ。それぞれの個性が物語に見事に調和し、これ以上ないくらいに気分を盛り上げてくれる。
と、いい話ばかりをしてきたけれど、実は、この作品が酷評を受ける理由もわからないわけではない。
その大きな原因は、敢えて苦言を呈させていただくならば、女優陣の演技力不足である。正直言って、ほんの数カ所ではあるけれど、完全にスベっている場面も見受けられた。鈍感な僕だからこそ、すぐに気を取り直してストーリーに没入できたけれど、そうもいかない人もいるだろう。
松坂桃李と綾野剛が素晴らしかっただけに、とても惜しい気がする。
ということで、そろそろまとめに入りたい。僕的には
★★★★☆
ただし、人によっては受け入れられない人もいるかもしれない。でも多少のあらに目を瞑ることのできる人ならば、とても愉しめる映画だと思う。それと、これだけは最後に断っておきたい。
多少のあらはあったけれど、
僕の小説に比べれば、微々たるものだ
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